心臓手術の未来を3Dプリンターが変える
― 順天堂大学 森村先生に聞く
医療×工学の最前線

 

 

医療の分野、特に医療機器開発の最前線では、3Dプリンターが従来の開発手法に革新をもたらしています。心臓外科の分野において、デバイスの設計・検証・改良を高速かつ安全に進めるために、順天堂大学医学部心臓血管外科(講座責任者:田端 実 主任教授)の森村 隼人先生(以下、森村先生)は3Dプリンターを駆使した医療機器・評価系の構築に挑んでいます。

今回のインタビューでは、実験動物に頼らない新たなデバイス開発の工学的アプローチ、さらには洗浄液「3DMedSupo」によって実現された作業環境の安全性向上についてお話を伺いました。

モデルは単一のものを指すイメージなのでシステム全体を指す単語として「評価系」、病態を模擬したモデルを「病変モデル」として以下の表現を統一しております。ご確認ください。

医療機器開発における新たな挑戦

3Dプリントを使った“評価系の構築”

心臓の病気を治す医療機器の開発には、長い時間と大きなコストがかかります。とくに、「評価系」と呼ばれる検証システムの設計は、開発の成否を大きく左右する要素です。

評価系とは、試作した医療機器がどの程度正確に、そして効果的に機能するかを検証する仕組みのこと。たとえば、心臓の弁に取り付けるデバイスであれば、「血流を阻害しないか」「逆流が起きていないか」といった項目を評価します。

順天堂大学 心臓血管外科の森村先生は、次のように語っています。

「評価系が30点の精度しかない状態で、100点の医療機器ができたとしても、その評価結果の信頼性がなくなってしまいます。まず80点以上、できれば100点に近い評価系を構築することが重要です」

高精度な評価系があれば、開発中の医療機器の改善点を早期に把握することができます。これはつまり、「無駄な試作を減らし、早く正確な開発につなげる」という大きなメリットです。

補足すると、評価系には「心臓の形態と病態を再現した病変モデル」や「右心あるいは左心の血行動態を再現する拍動循環シミュレータ」などが含まれます。これらが現実の人体にどれだけ近いかが、正しい判断を下すためのカギになるのです。

動物実験の限界と3Dプリンターによる代替モデルの構築

これまで、医療機器の効果を確認するためには、動物実験が一般的でした。しかし、動物実験には多くの課題があります。

「動物は、基本的には健康体なので、治療機器自体の安全性はわかっても病気を治せるかどうかは分からないのです。」と森村先生は話します。

「実際には、動物に病気を負わせ、そこに医療機器を装着して効果を検証しますが、同じような重症度・病態を異なる個体で再現することは極めて難しいです。実験を重ねるたびに、条件がバラバラになるため、特に開発の初期段階では比較ができない=評価が進まないという課題が生じます。」(森村先生)

このような背景から、順天堂大学心臓血管外科の研究チームでは「生体を使わずに、工学的なモデルを作る」という新しいアプローチを採用しています。その中核となっているのが3Dプリンターです。

「文献などから病気の特徴やデータを集めて、3Dプリンターを使って人工的に“病気の状態”を再現しています。病気の心臓の形を作り、そこに医療機器を入れて効果の検証を行うのです」

こうした生体外病変モデルを用いた評価系は、健康な動物に無理に病気を負わせることなく、安定した条件下で繰り返し検証できるため、倫理的にも、開発効率の面でも非常に優れた手法といえます。

また、このようなモデルは「失敗を恐れずに何度でも試せる」という点でも開発現場に適しており、早期の課題発見・改善サイクルに貢献しています。

病気の3Dプリント“再現”から始まる治療デバイス開発

文献から3Dプリントで再現される「逆流性弁膜症」

心臓には、血液の逆流を防ぐための「弁(バルブ)」が4つ存在しています。これらが正常に機能していれば、血液は一方向にスムーズに流れます。しかし、弁が壊れてしまうと「逆流性弁膜症」と呼ばれる病気になり、血液が心臓内で逆流してしまいます。重度の場合、手術が必要になる深刻な疾患です。

順天堂大学心臓血管外科の研究チームでは、この病気の状態を人工的に再現するところから、医療機器の開発が始まっています。

「一部の逆流性弁膜症では、壊れた弁の形状が正常なものと比べて“平坦”になってしまうという特徴があります。通常は立体的な形状なのに、病気が進むと弁が大きくなり、立体性が失われて閉じなくなります」。

「こうした立体構造の変化は、医学論文や臨床データから読み取ることができます。その情報をもとに、3Dプリンターを使って病気の状態を再現するための『ジグ(治具)』を設計し、病変モデルとして活用します。」 

補足すると、ここで言うジグとは、豚の心臓の弁に取り付けるカスタムパーツのこと。これを用いることで、正常な豚の弁を、文献通りの“病気の形”に変形させることができるのです。

このように、「文献→3D設計→造形→再現」という流れで、実験に最適な条件を人工的に整えることが可能になります。 

3Dプリント治具と豚心臓を用いたリアルな病変モデルの構築

順天堂大学心臓血管外科の研究チームでは、食肉用などに出荷された豚の心臓を使い、その上に3Dプリンターで作ったジグを縫い付け、病気の状態を再現したモデル(病変モデル)を作製しています。

「たとえば、健常な豚の心臓でも、ジグを用いて弁の一部にテンションをかけ、形を変えることで、逆流性疾患の状態を人工的に再現することができます」

このようにして作られた病変モデルを拍動循環シミュレータに組み込むことで、血圧や血流量、逆流率といった重要な指標を測定できるリアルな実験環境を構築しています。 

「これまでは、病気の動物を用意しなければなりませんでしたが、それには莫大な費用と時間がかかりました。今では、3Dプリンターで作った治具と豚の心臓だけで、繰り返し検証できるモデルが作れます」。

補足すると、この評価モデルは“模擬患者”のような存在です。何度でも使え、同じ条件下で再現性のある実験が可能になることで、評価の信頼性が格段に向上します。また、不要な動物実験を減らすという倫理的な観点からも意義のある取り組みです。

力学的視点と3Dプリントで進化する心臓デバイスの設計

「「弁」の修復には、非常に高い精度が求められます。デバイスの形や取り付ける位置がわずかでもずれると、逆流を止めることができなかったり、心臓に負担をかけたりしてしまいます。」(森村先生)

順天堂大学心臓血管外科の研究チームでは、このような精密な設計を進めるうえで、物理・力学的な視点を重視しています。

「整形外科や心臓外科のように“構造”と“力”が密接に関わる分野では、工学的なアプローチが非常に相性がよいのです。心臓の中での圧力や流量に耐えられるかどうか、力学的な検証が欠かせません。こうした観点から、3Dプリンターを活用して、治療に使う医療機器そのものや、その設置シミュレーションまでを設計段階で繰り返し検証しています。」 補足すると、心臓デバイスの設計では、単なる形だけではなく、「どの方向からどれだけの圧力がかかるか」という情報も設計に反映する必要があります。そのため、CADやモデリングの精度が非常に重要です。 

「最近では、弁に取り付けるデバイスを開発する際、シミュレータ内で流量や逆流率を計測しながら“飛ばないか”、“固定できるか”なども検証しています。評価系がしっかりしていれば、そのデータをもとに改良が加えられます」

このように、評価系+物理視点+3Dプリンターの組み合わせによって、これまでにないスピードと精度で医療機器開発が進んでいます。

3Dプリンターの進化と選定理由

Form4の高速性とコストメリット

医療機器の開発において、試作を素早く繰り返せるかどうかは、開発スピードを大きく左右します。順天堂大学心臓血管外科の研究チームでは、Formlabs社の光造形3Dプリンター「Form4」を活用することで、開発の効率を大幅に向上させています。

「Form4はスピードが速いし、レジン材料も低コストです。今は試作や治具の多くをForm4で造形していて、90%の造形はこれで完了します。」

Form4の特長は、数時間で高精細なパーツが造形できる高速性と、樹脂の汎用性です。

「従来の方法(例:シリコン型やロストワックスなど)に比べて、設計から実物までの時間を大幅に短縮できます。」(森村先生) 

補足すると、医療機器の開発では、形状がほんの少し違うだけで機能に大きな差が出るため、微調整を繰り返す試作工程が非常に多く発生します。Form4はその工程を高速・低コストで回せるため、開発者にとって非常に頼もしい存在です。

精度が求められる部位にはインクジェット方式を併用

一方で、Form4のような光造形方式は、高速かつ汎用的に使える反面、どうしても微細な造形や表面の滑らかさで限界がある場面もあります。そこで、研究室ではより精度が求められる部品については、インクジェット方式の3Dプリンター(キーエンスのアジリスタ)を併用しています。

「逆流性弁膜症の治療機器において、パーツによってはほんのミクロン単位のずれが、機能に致命的な影響を与える場合があります。そういった部品はインクジェット方式の3Dプリンターで造形しています。」

補足すると、インクジェット方式は、より高精度・滑らかな表面仕上げが可能なため、実際に体内に入れる医療機器の試作や接触部位などで活躍します。機器の性質や目的に応じて、最適な造形方式を使い分けるという柔軟な運用が、現場で求められているのです。

「Form4はスピードとコストで優れていて、インクジェットは精度面で使い分けています。それぞれの得意分野を活かして選定しています。」 

3DCADやモデリング技術のハードルと現場の工夫

3Dプリンターを活用するには、まず「モノの形」をデジタルで作る=3Dモデリングが必要です。しかし、3DCADを使いこなすにはある程度の知識と経験が必要で、初心者にとってはハードルが高く感じられることもあります。

順天堂大学心臓血管外科の研究チームでは、SolidWorks(ソリッドワークス)やShapr3Dなど、複数のツールを使い分けながら試作を行っています。

「例えば工学的な構造体はSolidWorksで、有機的な自由形状はShapr3Dなど、それぞれに合わせた形で使い分けています。」

「標準化された“効率の良い作り方”がもっと普及すれば、初心者でももっと使いやすくなると思います。今は人によって全く違う作り方をしているので、そこが今後の課題ですね。」

このように、3Dプリンターの導入にはハード面(プリンターの選定)だけでなく、ソフト面(設計スキル)も大きく関わりますが、工夫とノウハウの共有によって、着実にハードルは下がってきています。 

洗浄工程における課題と3DMedSupoの導入効果

IPAによる運用負担とリスク

光造形方式の3Dプリンターでは、造形直後のパーツを液体で「洗浄」する工程が不可欠です。多くの現場では、洗浄液としてIPA(イソプロピルアルコール)が使われていますが、これには大きな運用上のリスクと負担が伴います。

IPAは、毒性も高く、揮発性や引火性もあるため、使用には非常に神経を使います。たとえば、作業環境の定期測定や、年2回の健康診断が義務づけられるなど、有機溶剤中毒予防規則に対応する必要があり、使用に大きなハードルがあります。

また、使用済みのIPAにはレジン(樹脂)が溶け出しているため、産業廃棄物としての管理・処分が必要です。適切な廃棄処理を行わないと法的なリスクもあるため、教育機関や研究施設では導入をためらう要因の一つとなっています。

IPAはこのように、3Dプリンター本体とは無関係に、設備や管理体制の見直しが求められるケースも出てきます。 

非有機溶剤「3DMedSupo」がもたらした安全性と省力化

こうしたIPAの課題を解決する洗浄液として、順天堂大学心臓血管外科の研究チームでは非有機溶剤タイプの「3DMedSupo」を導入しています。

「もともとIPAを避けていたのですが、洗浄液の選択肢が限られていました。3DMedSupoは非有機溶剤なので、安全に使えるのがありがたいですね」。

3DMedSupoは、有機溶剤に該当しないため、法規制の対象外となり、面倒な管理手続きが不要です。特に医学部やバイオ系のラボなど、化学物質管理に慣れていない現場では、この違いが非常に大きな意味を持ちます。

「ラボでは、大部屋でそれぞれの研究室がさまざまな実験を行っているので、IPAのような高揮発性のものは扱いにくいです。また、3DMedSupoは臭いも穏やかで、そうした面でも助かっています。」 補足として、3DMedSupoは人体への安全性が高いだけでなく、臭気が少ないため、閉鎖空間や共用ラボでの使用にも適しています。また、万一の際の火災リスクや職場の空気環境への影響も抑えられるため、長期的には管理コストの削減にもつながります。

廃液回収・低臭・高洗浄力による導入メリット

3DMedSupoの大きな特長の一つが、「廃液回収サービス」が付属していることです。使用済み洗浄液は、専用の容器に入れておくだけで、メーカー側が回収・処理を行ってくれるため、ユーザー側は廃棄処理に悩む必要がありません。

「廃液回収があるのは本当に大きいです。特にラボ内で廃液処理の手間を最小限にできるのは大きなメリットです」。

また、洗浄力についても、従来のIPAと同等レベルを実現しており、日常的な3Dプリント造形の工程においても不満はないといいます。

「Form4で造形したパーツも問題なく洗えていますし、洗浄力も満足しています。何より、臭いがきつくないのが嬉しいですね」。

補足すると、3DMedSupoは「非有機溶剤でありながら高洗浄力」という両立が難しい課題をクリアした製品です。これにより、安全性と実用性を両立し、導入のハードルを下げている点が評価されています。

特に、教育機関や医療研究機関のような「安全性第一・化学物質に不慣れな環境」では、3Dプリンター導入のボトルネックとなる“洗浄工程”を大きく改善できるソリューションとして注目されています。

まとめ:医学とエンジニアリングをつなぐ、最先端の医療機器開発

3Dプリンターを活用した医療機器開発の最前線では、エンジニアリングと医学の融合が新たな進化を生み出しています。なかでも順天堂大学心臓血管外科(講座責任者:田端 実主任教授)・森村先生の取り組みは、医師でありながら工学的視点を持ち、設計・試作・評価を一貫して行う、国内でも稀有な実践例といえるでしょう。

「私たちは細胞やバイオではなく、“構造”や“力学”を扱うラボです。心臓外科は圧力や流量といった力学的要素が重要な分野であり、エンジニアリングとの相性が非常にいいです。」。

同研究チームでは、3Dプリンターを駆使して病変モデルを用いた評価系を構築し、従来は多くの時間とコストを要していた医療機器の開発の効率化に取り組んでいます。

医師が自ら設計・検証まで手がけるこのアプローチは、まさに医療機器開発の新境地といえるでしょう。医療と工学が一体化することで、より安全で効果的な治療の未来が開かれつつあります。

環境にやさしい洗浄液とお手軽洗浄サービス(オプション)

樹脂製品の洗浄に使用される洗浄液は、環境に配慮されたものや効率的な洗浄が行えるものが用意されています。また、お手軽な洗浄サービスも利用可能です。

3Dメディカルクリーン 17.7L

3Dメディカルクリーン 17.7Lは、エタコール同様毒性が低く、臭いが少なく有機則に該当しない洗浄液です。また廃液の回収もセットで行い産業廃棄物処理の手間をなくします。

3Dメディカルクリーン 4L

3Dメディカルクリーン 4Lは、エタコール同様毒性が低く、臭いが少なく有機則に該当しない洗浄液です。また廃液の回収もセットで行い産業廃棄物処理の手間をなくします。