アクリル樹脂の用途 高性能なプラスチックの女王
アクリル樹脂はプラスチックの中で最も耐久性に優れ、なおかつ美しい透明性を保った素材だ。こうした特性を活かして、さまざまな製品に使用されている。アクリル樹脂の特性を最も表す代表的な使用例は水族館の巨大な水槽だろう。
ジンベイザメで有名な沖縄美ら海水族館の巨大水槽をご存知の方も多いと思われる。あの大迫力の巨大水槽はアクリル樹脂で作られている。第1回のものづくり日本大賞を受賞したあの水槽は、世界40カ国で実績のある日本プラ株式会社が施工したものだ。その仕様は圧巻で、高さ8.2m、幅22.5m、厚さ60㎝にも及ぶ巨大な水槽だ。
このアクリルパネルは柱が無いにも関わらず7500トンもの巨大な水圧に耐えることができるつくりだ。また60cmの厚みは7枚のアクリル樹脂から構成されているが、綺麗な透明性を保ったまま見る人々に魚の生態をクリアに見せてくれる。この例が示すようにアクリル樹脂はその強度と耐久性、そしてガラスとは異なる柔軟性から水族館の水槽では当たり前の存在になってきている。
さらには水圧に耐えうる耐久性を活かし、深海探索用の船の窓にも使用されている。アクリル樹脂はこうした特性を生かしさまざまな製品開発に使用されている。
その使用例を挙げればきりがないが、例えばアメリカの代表的な戦闘機F15は風除けのキャノピーにアクリル樹脂が使われている。この戦闘機での使用から派生し、今でも多くの航空機の窓に使用されている。
さらにもっと我々の生活に身近な商品でいうと、ボールペンやコップ、携帯電話の窓、自動車のテールランプ、照明器具や看板などあらゆるものに使用されている。こうした特性を生かしこれまでアクリルで作られなかった製品への利用も盛んだ。例えばアクリルの撥水性という特性もいかし、浴槽や洋式トイレにも使用が開始された。
また、ガラスよりも光を透過するという性能から光学レンズではおなじみの素材になっている。このように優れた強度と透明性、そして同時に外でも劣化しない耐候性に優れていることからプラスチックの女王と言われ多くの製品に使用されている。
巨大な水槽は厚さ60cmものアクリル樹脂でできている
アクリル樹脂の歴史 軍事利用がはじまり
アクリル樹脂が工業化されたのは1934年、今から80年近く前にさかのぼる。もともとガラスのような透明性を持っているところから当時は有機ガラスとか風防ガラスなどと呼ばれていた。
また、刷り上げると独特のにおいをはっすることから匂いガラスとも呼ばれている。先まで見通せる透明性を持ちながら、同時に高い耐久性や耐候性を持っている特性から軍事用に利用が開始され、戦闘機などの風防(キャノピー)に使用が開始された。
かつてのアメリカ空軍の主力戦闘機F-15のキャノピーにも使用された経緯がある。当初の利用はこのような軍事関連が中心であったが、現在では非常に多くの製品に利用されている。
既にその使用例は前項で述べさせていただいたが、固体として成形される以外に、アクリル樹脂による絵の具や接着剤、塗料などでも使われている。プラスチックは分子と分子の結合から生まれるがアクリル樹脂もアクリル酸エステル、もしくはメタクリル酸エステルといわれる化合物から作られた合成樹脂になる。
アクリル樹脂の特性 さまざまな用途に使用できる高性能
既に上記で述べたがアクリル樹脂の特性を改めて整理してみよう。その最大の特長は耐久力と透明性だ。耐久力は上記の水槽の例などでお分かりだが、圧力と耐衝撃性に優れている。また透明性ではガラス以上の精度を発揮する。下記の特性を見ていただければわかると思うが非常に優れた素材で、まさに万能、プラスチックの女王というにふさわしい素材だ。
- 耐衝撃性:ガラスの耐衝撃性の10倍から16倍を誇る。万が一割れてもガラスのように飛散しない。
- 耐候性:紫外線や風雨に強く、野外で長年使用しても耐えられる。10年から20年以上でも劣化しない。看板から自動車用まで幅広く使える。
- 透明性:ガラス以上の透明性を誇る。光の透過率はガラスは92%、一方アクリル樹脂は93%。
- 剛性:アクリル樹脂の表面は硬く、アルミニウムと同等の硬さを誇る。
- 加工性:加工性に優れさまざまな製法に対応。金型を使った射出成形、押出成形、真空成形、圧縮成形、注型に対応。また研磨、切削、切断、穴あけ、接着などに適している。
- 電気絶縁性:高電圧に耐えられる素材で、絶縁性が高い。
- 温度適応力:マイナス40℃からプラス60℃まで耐えられる。
アクリル樹脂の製法
このようにアクリル樹脂は万能と言ってもいい特性を持っているがどのようにつくられているのだろうか。アクリル樹脂はアクリル酸エステルまたはメタクリル酸エステルの重合から成り立っている。ちなみに重合とは分子と分子を結合させて大きな分子すなわち高分子にすることを言う。
また、一つの分子のことをモノマー、分子と分子が結合された高分子のことをポリマーというが、アクリル樹脂はこのようにメタクリル酸エステルという分子が連結したポリマーから成り立っている。その製法はメタクリル酸エステルに重合開始材を入れて熱で加熱することで作られる。
はじめは粘性のあるドロドロの液体になり、混合を続けると固形化し、アクリル樹脂になる。このように固められて作られたアクリル樹脂は、製品としてペレット状のものか、板状のものが主流だ。
ペレット状のものはプラスチックのチップになっており、金型の成形用などに使用される。またアクリル樹脂はその強固な特性から板状のものを貼り合わせて一つの板として使用されるケースが多いが、板と板を張り合わせる際には上記の重合開始材とモノマーを利用して接着することが多い。この製法はキャスティング重合と言われる。
アクリル樹脂の種類
アクリル樹脂も分子と分子の結合、すなわち重合から作られることから、特定の分子を追加することでさらにその性能を強化することが可能だ。ただでさえ耐衝撃性や耐候性が強いアクリル樹脂だが、さらに強化されたアクリル樹脂が存在する。アクリル樹脂の開発は今でも研究がされており、多くの産業分野でその応用が期待されている。まずはその代表的なものをご紹介しよう。
有機ガラス シリコーン配合
既に冒頭の沖縄県の美ら海水族館や、戦闘機の風防の部分で述べたアクリル樹脂だが、一般的に有機ガラスと言われている。ポリメタクリル酸メチル樹脂(Polymethyl methacrylate、略称PMMA)で構成されるこの樹脂は耐久性や耐候性に優れているが、無機ガラスに比べて表面に傷がつきやすいという欠点があった。しかし、シリコーン等の化合物を表面に塗布することにより、傷つきやすいという欠点は大幅に改善されている。
ソフトアクリル
アクリル樹脂の分子にゴム成分(IR)を加えて作られたアクリル樹脂がソフトアクリルだ。このソフトアクリルはゴムの持つ耐衝撃性を加えることで通常のアクリル樹脂よりもさらに耐衝撃性が向上し、薄くて丈夫な素材として知られている。主な用途として耐衝撃性が要求される自動車用のドアミラーやインソールパネルに使用されている。またこのソフトアクリルは粉砕され、ABS樹脂に増量剤として使用されることがある。この使用方法はプラスチック製の漆器などを作る際にこのような使われ方をする。
アクリル樹脂の加工 製品の機能性とデザインを向上
アクリル樹脂は加工性にも優れた素材だ。金型を使った成形から、切削、切断、接着などにも適応している。ここでは代表的ないくつかの製品を例に、その加工方法をご紹介しよう。アクリルにはこれまで述べてきたようにさまざまな特性を持っているが、そのうちの一つに撥水性があげられる。
真空成形で作られる浴槽
撥水性を利用したアクリル製の製品として代表的なのが、浴槽があげられるだろう。浴槽を作るのにはアクリル樹脂の水でも劣化しないという耐候性などもプラスに働いている。加工がしやすく水でも劣化せず、撥水性を持つアクリル樹脂は浴槽にぴったりだ。
この浴槽だが、どのような成形方法で作られるのだろうか。一般的には金型を使った真空成形で作られるケースが多い。真空成形とは別名バキュームフォーミングと言われる製法で、金型の内部の空気を抜くことで真空状態を作り出し、熱で柔らかくなったプラスチックのプレートを吸い付けて成形する方法。
主にカバーやプレートなどを作るのに最適な製法であり、比較的大型なプラスチック製品も作ることができる。アクリル樹脂は真空成形にも対応していることから、浴槽の成形には最適な素材だ。
射出成形で洋式トイレを変える
また、この撥水性を利用し最近では浴槽だけではなく洋式トイレの製造にもアクリルが使用され始めている。もともとトイレは陶器で作られていることが多かったが、水垢が付きやすく、黒ずみや汚れが付きやすいのが難点であった。
こうした陶器の便器の不満を解消するために作られたのがアクリル樹脂による洋式トイレだ。このトイレはパナソニックが開発した「アラウーノ」という製品があげられるが、アクリル樹脂の撥水性が生かされ、汚れや水垢が付きにくいトイレを作ることが可能になった。
このトイレの便器は射出成形によって作られており、従来の陶器の成形とは違い、細かい複雑な成形も可能だ。例えばトイレとフタの隙間をなくしたり、プラスチック素材を活かしたLEDライトの搭載なども可能にしている。このようにアクリル樹脂は従来のモノづくりの機能やデザインを変え、新たな機能と価値を発揮する商品開発にも利用されている。
画像元:パナソニック
3Dプリンターの材料としてのアクリル樹脂
最近新たな製法として注目を集める3Dプリンター、プラスチックや金属、セラミックなどさまざまな素材での利用が開始されている。プラスチック素材ではフィラメント材料としてABSやPLA、ナイロンふィラメント、ポリカーボネートふィラメントなどが主な材料として使用されているが、実はアクリル樹脂を使った3Dプリントも登場しつつある。
アクリル樹脂の特性の項でも述べたが、その最大の特長は光を通す透過性だ。ガラスの透過性の92%を超える93%も光を性能をもっていることから、アクリル樹脂は光学レンズの材料として馴染みの素材だ。
ちなみにこの光の透過率だが、光が入ってきたときに約4%、出るときに4%、合計で8%失われることになる。これは光の反射によって失われる原理で、通常光学レンズは、使用するものによって異なるがコーティングなどを行ってこの透過率を高める手法もある。
基本的に光学レンズの製法は、精密な設計が作れる射出成形によって作られるが、最近オランダの光学レンズメーカーが独自の3Dプリント技術でこのアクリル樹脂を使った光学レンズの製造を開始している。このオランダメーカーLUXeXceLはPrintopticalテクノロジーと呼ばれる独自の3Dプリント技術で光学レンズを作っており、UV硬化性アクリルを積層して作っている。
驚異的なのはその性能で、後処理を全くすることなく、通常のレンズで93%の透過性を発揮している。最近ではコーティング不要で96.9%の透過性を誇る3Dプリントも可能にしているとのことだ。
アクリル樹脂の3DプリントはこのLUXeXceLの取組が最も代表的な事例だと言える。これまで射出成形で作られていた光学レンズだが、3Dプリンターで最終品まで作られるようになれば、製品開発も低コストで進められるし、小ロット生産も用意になる。
この最先端技術である3Dプリント技術でもアクリル樹脂の利用は始まっている状況だ。LUXeXceLに関してはこちらの記事「LUXeXceLの高性能光学レンズの3Dプリントサービスは射出成形に変わる」で詳しく述べているのでそちらをどうぞ。
まとめ 高機能のものづくりに必須の素材
アクリル樹脂はこれまで述べてきたように、非常に多くの分野で使用されている。身近な存在であるボールペンやコップに始まり、高度な精密さを要求される光学レンズ、そして巨大な水圧を防ぐ水槽と、高機能な素材としてモノづくりや商品開発には欠かすことができない素材だ。
当初開発された有機ガラスとしての性能自体でも高性能だが、材料のかけ合わせによって更なる進化を遂げている。異素材によるコーティングや重合を施すことで高機能素材としてさまざまな分野での応用が今も研究されている。
例えばガラス繊維と掛け合わせるアクリル樹脂や、ゴム素材との融合など、用途や製品特性に応じて新たな機能を持つアクリル樹脂も登場してきている状況だ。今後もあらたな製品開発には欠かすことができない素材としてさまざまな進化を遂げそうだ。
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