セルロイドとは 代表的製品と概要
プラスチックは現代のものづくりでは必須の素材だ。ものづくりの素材には金属や木、紙、石、ガラスなどさまざまな種類が存在するが、その中においてもプラスチックは現代で最も汎用性の高い素材の一つである。プラスチック素材はカタチを変え、さまざまな形態でありとあらゆる製品に使用されている。もはや我々の身の回りでプラスチックが使われていない物は無いと言っても過言ではないほどの素材だ。
また、プラスチックは長い年月を経て独自の進化を辿り、今ではさまざまな種類が存在する。最近では炭素繊維など、軽くて金属のような強度を持つ新素材も開発され、20世紀から21世紀の工業化を大きく後押ししている。そんな現代のものづくりを席巻しているプラスチック素材だが、その始まりは今からおよそ160年前に遡る。
歴史上初めての人工的に合成されたプラスチック素材が1856年に開発されたセルロイドである。現代ではほとんどその姿を目にすることはなくなってしまったが、セルロイドは歴史上最初の人工樹脂であり、最初の熱可塑性樹脂である。熱可塑性樹脂は加熱すると柔らかくなり、型にいれて成形し冷却すると硬化するプラスチック素材である。
これまで、セルロイドのように、加熱してドロドロに溶かした素材を型にいれて成形するという素材は存在しなかったことから、あらゆる工業製品に利用が開始され、爆発的に広まることとなった。セルロイドは、20世紀半ばまで使用が拡大し、その後より安価で機能性が向上した合成樹脂が登場することによって姿を消している。セルロイドが最初に使用された製品はビリヤード玉の素材であり、それ以降1880年代後半から写真フィルムとしての使用が開始。
さらにはメガネのフレームや万年筆の筒、洋服のボタン、おもちゃの人形、食器類の取っ手、卓球のピンポン玉などシンプルな工業製品に使用されてきた。ちなみにそのほとんどは他のプラスチック素材にとって変わられているが、卓球のピンポン玉にはセルロイドが使用されてきた。しかし、ピンポン玉の素材としての使用もセルロイドを使用しないという動きが現在になって起こっている。セルロイドの使用が激減してきた最大の理由は可燃性が極めて高いということが挙げられており、現代でセルロイドが使用されている製品は楽器やギターのピックぐらいである。
セルロイドの歴史
セルロイドはニトロセルロースと樟脳を合成することで作られた世界最初の人工プラスチックである。1856年にイギリス人のアレキサンダー・パークスによって発明された。ちなみにアレキサンダー・パークスはイギリスバーミンガム出身の発明家で、電気メッキやプラスチック開発に関するプロセスや製品について66もの特許を持つ人物である。
セルロイドはこのパークスによって初めて作られることになり、「パークシン」という名前で売り出された。しかし物量とコストが見合わずこの時点では本格的な商用化に結びつくことはなかった。その後セルロイドは、1860年代にパークスから特許を取得したジョン・ウェスレー・ハイアットによって開発が進み、初めてビリヤードのボールとして製品化が実現。当時ビリヤードのボールには象牙が使用されていたが、ジョン・ウエスレー・ハイアットの開発によって1869年、セルロイドによるビリヤードボールの本格的な製造が始まった。
その後1870年にジョン・ウエスレー・ハイアットは兄弟のイザヤとともに硝酸セルロースと樟脳を合成する本格的な特許を取得、この製造プロセスによって可塑性の使用が可能になり、「セルロイド」という名前は1872年に正式に命名された。このハイアットによって1878年に熱可塑性樹脂の射出成形プロセスの特許が取得された。
さらに、セルロイドによる写真フィルムの使用が開始されたのは1880年代後半になる。その後セルロイドは20世紀半ばに至るまで、世界初のプラスチック素材として、さまざまな製品に使用されるが、高い可燃性が問題になり排除運動が世界中で拡大。さらにはポリエチレンなどの新たなプラスチック素材の登場で、徐々に姿を消し、現在では卓球のピンポン玉、ギターなどのピック、人形など、ほんの一部の製品でしか目にすることができない。(ピンポン玉では国際卓球連盟の決定により2014年以降、セルロイド素材を使用しない方向になっている)
セルロイドの特性 長所と短所
セルロイドは世界初のプラスチックとして開発された素材だが、現在はより生産性が高く、機能性も付与されたその他のプラスチック素材にとって変わられている。そのため現代の工業製品でセルロイドが使用されることはほとんどなく、用途は極めて限定されている。セルロイドが使用されない最大の原因は、その可燃性の高さにある。
セルロイドは熱可塑性樹脂として90℃の高温で溶け加工が可能だが、極めて燃えやすく、170℃以上に達すると自然発火する。そのため摩擦などでも簡単に発火する。また耐候性が低く光でも劣化し、耐久性も低い。20世紀初頭から1950年代にかけて多くの工業製品に使用されたが、この可燃性の高さから火災事故の主要原因ともなり、姿を消すこととなった。
実際に日本においてもセルロイドは消防法に規定されている素材で、第5類危険物として規制対象物に指定されている。そのため製造や貯蔵、取り扱い方法については一定の基準を満たす必要がある。例えば100㎏以上を保管する場合は危険物倉庫への貯蔵が義務付けられたり、20㎏以上の保有から消防署への届出を行わなければならない。
またセルロイドは環境有害性も指摘されており、長期間の保存はできず、酸素や光などの影響によりセルロースと硝酸に分解し劣化する。またこの分解過程において環境有害性を指摘される。こうしたセルロイドの持つ欠点から、ものづくりの現場からはほぼその姿を消しているが、その一方でセルロイドにしか表現することができない、独特の美しさがある。セルロイドは硝酸セルロースと樟脳によって作り出されるが、樟脳はクスノキなどから抽出できる植物由来の結晶であり、こうした植物由来から作られるセルロイドは石油系プラスチックとはまた一味違った風合い、奥行、光沢を持つのが特徴だ。
また、いくら自然発火をする素材とはいえ、日常的にメガネや置物などの素材として使用する分には燃えることはないし、普通に使用することができる。ちなみにセルロイドは今では製造工程に通常の石油由来のプラスチックと比べて時間がかかり、尚且つコストもはるかに高くなる。
セルロイドの長所
- 石油系プラスチックとは異なる質感、光沢、奥行。
- 美しい独特の色柄を再現することができる。
- 吸水性が有り触り心地がいい。
セルロイドの短所
- 可燃性:可燃性が高く燃えやすい。170℃以上で自然発火する。
- 耐久性:耐久性も低く劣化しやすい。
- 耐候性:光などで劣化する。
- 環境性:劣化、分解すると強酸性のガスを発生する。
- 管理:保管や管理に許可や手続きが必要。
- 価格:素材としての価格が石油系プラスチックよりも高い。
- 製造:セルロイドの製造に時間がかかる。
セルロイドの製法
セルロイドはニトロセルロースと樟脳をベースに作られる。原料はパルプや綿に硝酸と硫酸を混合することで硝化反応を起こす。またこれに可燃性を低減させ安定性を増大させる薬剤や着色剤、充填剤などの化学物質を混合し製造される。セルロイドの製法は基本的には上記の方法によって作り出されるが、基本的にセルロイドの材料は板状のセルロイド板として作られる。このセルロイド板の製造にはかなりの時間がかかり、厚さによって異なるが、大体1週間から2ヶ月程度かかると言われている。
これはセルロイドを板状に加工した後に、乾燥させ強度を高めるために日数がかかるためで、厚さが厚くなればなるほど日数がかかる。ちなみに、セルロイドを使った高級メガネフレームなどに使用される素材は、3年以上も寝かせた高強度なセルロイドが使用されるため、非常に高額である。
またセルロイド板はプラスチック材料としては非常に高価で、1kgあたりの単価も数千円すると言われている。これはその他のプラスチック素材の数倍から10倍程度の価格になる計算だ。ちなみにこのセルロイド板に柄を付けるのは複数の色のセルロイドを寄木細工のようにプレスして加工される。このようにセルロイドはその製造工程の段階からもわかるとおり、手作業によって作り出される材料といってもいい。
セルロイドの加工と用途
セルロイドはかつて象牙の代替品としてビリヤードのボールに始まり、おもちゃの人形、ボタン、バックル、ジュエリー、アクセサリー、アコーディオン、万年筆、食器などの日用品などさまざまな製品に使用されてきた。しかし、その可燃性の高さからくる危険性や、セルロイドを超えるプラスチック素材の多角化、高額である点などから、現在では高級メガネのフレームや、ギターなどのピック、上記アコーディオンの表面加工などで使用される。
ちなみにセルロイドの製法の部分でもご紹介したが、基本的にセルロイドの材料は板状のセルロイド板を使用する。そのため加工方法も基本的には手作業による削り出しや、研磨加工が主流となっている。ここでは現代にも続くセルロイドが使用される代表的製品でもあるメガネフレームと、アコーディオン、ギターについてご紹介しよう。
金属芯を使用しない伝統的技法「ノー芯」のセルロイド製メガネフレーム
メガネフレームは現在ではプラスチックと軽量アルミなどの金属フレームが主流となっているが、セルロイドによって作り出されるメガネフレームが脈々と今でも続いている。このセルロイドのメガネフレームは、単なるメガネフレームとは違い、金属芯を一切使用することが無い伝統的な職人の手作業によって作り出されるメガネフレームで、セルロイドの独特の質感と相まって、高級感溢れるメガネフレームとして重宝されている。
通常、現代のメガネフレームはテンプルと言われる耳にかけて支える部分に金属芯が使用されるが、職人の手によって作り出されるセルロイド製のメガネフレームでは、このテンプルの部分に金属芯を使用しない「ノー芯」という伝統的技法が用いられる。この伝統的技法「ノー芯」を残すメガネメーカーの代表的存在が、メガネ製造の聖地鯖江の金子眼鏡株式会社だ。金子眼鏡株式会社は日本国内に44店舗、ニューヨークにも直営店を展開する伝統的なメガネメーカーで、セルロイド製のメガネは職人シリーズとして製造されている。
特に金属芯を使用しない「ノー芯」は山本泰八郎氏によって一本一本手作りされる泰八郎謹製と呼ばれるもの。セルロイド板を切断・穴あけに始まり、メガネフレームの金型を使って削り出し、数種類の研磨加工を経て形にされる。ちなみにこの泰八郎謹製で使用されるセルロイド板は3年以上も寝かせた素材が使用され、曲がりにも強い強度を持ち、奥深いセルロイドならではの風合い、質感が特長的。現代の機械生産が当たり前のなか、他には無い美しい重厚感のある仕上がりのメガネが作り出される。
アコーディオンやギターの表面パネルのセルロイド
セルロイドはアコーディオンやギターなどの表面パネルにも使用される。セルロイドは整形しやすいという反面、非常に堅牢であり、同時に木材の自然孔を塞がないため音響性能を損なうことなく強度を上げるといった効果が期待できる。そのため古くからギターやアコーディオンといった木製楽器のフレームカバーとして使用されてきた。
またセルロイドカバーによって覆われた楽器は傷に強く、表面に傷が付いたとしても補修が容易という特性を持つ。この補修が容易という点は、塗装との決定的な違いで、セルロイドの場合は傷を研磨で消したり、深い場合には溶けたセルロイドを流し込み研磨で補修することができる。このようにセルロイドが使用される理由は、セルロイドが持つ機能性も挙げられるが、綺麗な艶があり光沢がある美しい仕上がりが再現できるという点も挙げられる。
楽器の場合はその音響性という点も求められるが、同時に耐久性、見た目の美しさという部分も重要になり、長く長期間使用するということを考えれば塗装に比べてセルロイドパネルの方がはるかに最適な素材である。
まとめ 独特の見た目と質感で一品物、高級品で活躍する可能性
セルロイドはこれまでご紹介してきたとおり、世界初のプラスチック素材として知られているが、現代のものづくりではほんの一部の製品にしか使用されていない。メガネフレーム、アコーディオンやギターの表面パネル、ギターのピック、ピンポン玉、などだ。それ以外の製品は全てセルロイドよりあとになって登場したプラスチック素材にとって変わられている。
その最大の理由は、価格、機能性、生産性、安全性など、あらゆる側面からこれまでの大量生産体制には適さないためだ。価格も通常の量産用のプラスチック素材に比べれば数倍から10倍ほどの値段であり、加工方法も1つ1つ板状のセルロイドを削り出し研磨するという手作業に分類される。
また安全性の面からも170℃以上の高温下では自然発火するほど可燃性が高く、その取り扱いや保管には消防法のもと届出と規制が必要になる。その一方でセルロイドには石油系プラスチックには再現することができない、セルロイド独特の美しさが存在する。高級メガネや楽器などに使用されているのも、こうしたセルロイドならではの光沢、艶、柄、手触り、質感、傷が目立たないといった機能性などによるものだ。価格が高い素材ではあるが、今後の大量生産が中心のものづくりが終わった現代においては、より一品性、高級感などが求められる製品で活躍できるかもしれない。
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