3Dプリンターを大量生産マシーンに完成させたHPの新Multi Jet Fusion

3Dプリンターは試作から量産へ。2016年が最大の転機となる

2013年以降、さまざまな要因により(製法特許の失効、MAKERSの出版、オバマ大統領の演説など)3Dプリンターは新たな製造マシーンとして世界中から注目されてきた。全世界で連日新規メーカー、新たなモデルが登場し、これほど技術革新が巻き起こっている業界もまずないだろう。

しかし、一見、技術革新が巻き起こっているように思えるが、真の変革はまだ成し遂げられていない。特に、製品開発や生産といった、ものづくりのプロセス自体は全く変化していない。多くの機種が登場してきているとは言え、そのほとんどがプロトタイプの製造にとどまっており、量産段階においては金型を使用せざるをえない。

しかし、2016年はそんなものづくりのプロセスにとって大きなターニングポイントとなる年だろう。光造形法の進化版であるCLIP製法が開発され、つい先日、コダック社と開発された特殊な機能性素材とともにローンチされたCarbon M1プリンターは記憶に新しいところだ。その目指す先は、あきらかに3Dプリンターによる実用品の生産である。

これまでの3Dプリンターにくらべて10倍以上高速で、尚且つ精度も高い。精度と生産性の両面において金型量産の代表でもある射出成形にも匹敵する精度を発揮することができる。そして今回、Carbon社とは別のアプローチで3Dプリンターの技術革新を成し遂げようという取り組みが発表された。それはプリンターメーカーの巨人ヒューレット・パッカードと、3Dプリント技術でどの企業よりも最も古い実績を誇るマテリアライズの取り組みだ。

本日は単純な大量生産時代に終わりを告げ、新たなマスカスタマイゼーションをもたらす取り組みをご紹介しよう。

もう一つの量産化3DプリンターCarbon M1についてはこちらもどうぞ

圧倒的な量産性と射出成形並みの仕上がりを実現したHPの生産マシーン

ヒューレット・パッカードは2014年に3Dプリンター業界に本格的に参入を表明し、2014年10月にMulti Jet Fusion技術を採用した新型3Dプリンターを発表。実際の市場への投入は2015年から2016年度と発表されていたが、とうとうその実用機が公開されることとなった。

Multi Jet Fusionとは、彼らの長年のプリント技術であるインクジェット3Dプリント技術を利用し、パウダー状のプラスチック素材に二次元印刷のインクであるCMYK(シアン、マゼンダ、イエロー、ブラック)を配合した定着剤を吹き付けることで4色フルカラーの造形を可能にする製法。

今回は新たに進化したMulti Jet Fusionを搭載した3Dプリンターが2機種「HP Jet Fusion 3D 3200」と「HP Jet Fusion 3D 4200」が発表され、その驚異的な性能があきらかになっている。今回発表された新Multi Jet Fusion技術は、あきらかに3Dプリンターでの最終品の製造を目指しているものだ。

その画期的な点を、①速度、②精度と材料、③フルカラー化とパーツに機能を与える新技術、④3Dプリンティングソリューションの4つの観点からご紹介しよう。これによってヒューレット・パッカードは、3Dプリンターによる生産性を極限まで高め、ダイレクト・デジタル・マニュファクチャリングを実現しようとしていることがわかる。

HP Multi Jet Fusion 3Dプリンターの動画

FDMより50倍高速な秘密とは。新たな「積層技術」

今回発表されたヒューレット・パッカードの新Multi Jet Fusion3Dプリンターは、これまでのどの3Dプリント技術よりも高速で、堅牢、高精細な仕上がりを実現することができる。その造形速度は既存のFDM(熱溶解積層法)の50倍、SLS(レーザー焼結法)の10倍を誇るとのことだ。

なぜこれほどの高速性が実現可能なのだろうか。それは長年培われてきたヒューレット・パッカードのプリント技術と、現在の3Dプリント技術を融合させたものだからである。現在の3Dプリント技術はいくつかのアプローチに分類されるが、基本的な原理や仕組みは「積層」という共通点が存在する。

FDM(溶解積層法)も糸状のプラスチック素材を溶かし、積層して物体にする。SLS(レーザー焼結法)もパウダー状の金属やナイロンを一層ずつレーザービームを照射しながら焼き固めていく。光造形も「積層」である。紫外線硬化樹脂に紫外線を照射することで、一層固めては積み上げていく方式だ。

いわば、現在の3Dプリントと言われる技術が造形に時間がかかる原因が、一層固めては次の一層と「積層」していく方式にあると言える。しかし、ヒューレット・パッカードの新Multi Jet Fusionの3Dプリンターは従来のような単純な「積層」とは違う手法を確立している。

新たな積層法を確立した新Multi Jet Fusion動画

新Multi Jet Fusion製法は、造形に対するアプローチが従来の「積層」して固める方法とは全く逆の手法を採用している。簡単に表現すると、先に物体の形状を積層した後、一気に固めるという方法を取っている。少しわかりにくい表現だが、順を追ってご説明すると、第一に粉末状のプラスチック材料をスライスデータを元に積層していく。

その際、層と層の間には粉末と粉末をくっつけるための結合剤を噴霧する。この時点ではまだ物体は完全に固まっている状態ではない。その後、紫外線ランプで加熱し一気に層を固めてしまうという方法だ。層全体が熱により融合してしまうため、一層ずつ固めて積み上げるという方法にくらべてはるかに速いというわけだ。

この手順を繰り返すことで圧倒的な生産性を確立することに成功しており、パーツの量産も可能になる。下記は3Dプリントの中でも比較的スピードが速い製法である金属溶融法とレーザー焼結法との比較だが、新Multi Jet Fusion製法では、単純な歯車であればわずか3分で1000個も生産することができる。

他の3Dプリント技術と比べても圧倒的なスピードと量産性を誇る。
パウダー状の熱可塑性樹脂を積み上げる。この段階では固めない。
断面図のディティールを見た場合。新たなパウダー状の熱可塑性樹脂が積み重なる。
積層するも固めない。
その上から結合剤を噴霧する。
更にその上に表面を装飾する装飾剤を塗布
赤外線ランプで加熱し、ここで初めて固める。

精度と素材:本物の熱可塑性樹脂が超高強度・高耐久で使用可能

それでは実際に、その精度はどのレベルなのだろうか。いくら高速で生産できたとしても、精度が最終品として使用できなければ意味がない。この点でもヒューレット・パッカードの新Multi Jet Fusion製法は画期的と言える。特長の第一が、金型量産で使用されるのと同じ熱可塑性樹脂を使うことが可能で、同時に堅牢で高精細な造形が可能になる。

今回登場した2機種、4200と3200はそれぞれ若干の違いはあるが、両者とも406cm×305cm×406cmのサイズで0.07mmから0.12mmの層の厚さで造形が可能。表面品質や解像度の点でSLAと同等レベルであり、強度や耐久性ではFDM(熱溶解積層法)やSLS(レーザー焼結法)よりも優れるという。現在リリースされている素材はナイロン12で、ナイロン12はポリアミド素材の中では最も低密度で、耐寒衝撃性にも優れる素材。

下記の動画は2年前のリリースでも公開されたが、新Multi Jet Fusion製法で作られたリングは1万ポンドまでの重さを釣り上げることができるほどの強度と靭性を持つ。現在はナイロン12のみの利用だが、ヒューレット・パッカードは近い将来アップデートを考えており、そのほかの熱可塑性樹脂も使用できることを想定している。

強度と精度を検証する動画

高精度、高耐久な仕上がりを実現可能。
ナイロンパウダーで高強度な物体を造形できる。

HP Jet Fusion 3D 4200 Printer

  • 造形サイズ: 406cm×305cm×406cm
  • プリント速度: 4500 cm³/時間
  • 層の厚さ:0.07~0.12 mm
  • プリント解像度 (x,y): 1200dpi
  • プリンターサイズ:2178 mm×1238mm×1448 mm
  • 価格:$160,000 2016年後半に利用可能

HP Jet Fusion 3D 3200 Printer

  • 造形サイズ: 406cm×305cm×406cm
  • プリント速度:3500 cm³/時間
  • 層の厚さ: 0.08 ~0.10 mm
  • プリント解像度(x,y): 1200dpi
  • プリンターサイズ:2178 mm×1238mm×1448 mm
  • 価格:$130,000 2017年に利用可能

新たな概念Voxelとは。着色だけではないパーツ特性を変える仕組

今回のリリースでは、利用できる素材はナイロン12のみ、単色になる。しかし、ヒューレット・パッカードは当初の発表通り、フルカラー化へのアップグレードを実装する予定だ。だが、ヒューレット・パッカードが目指している実装は、単純な着色だけではなく、パーツそのものに、さまざまな物性を付与するということまで視野に入れている。

この概念は、これまでの3Dプリント技術では全く登場してこなかった造形技術であり、もしこの製法が確立されれば、ものづくりの生産が一変するほどのインパクトを与えるに違いない。もちろん、熱可塑性樹脂をフルカラーでダイレクト製造出来るだけでも画期的なのだが。

ちなみに、これまでフルカラーで造形可能な3Dプリンターは、インクジェット方式であるストラタシスのPolyJetなどが代表的であったが、PolyJetは、光硬化性樹脂を素材として使うことから、最終品を生産するためのものではなく、機能性プロトタイプやコンセプトモデルを製造するためのマシーンである。しかし、ヒューレット・パッカードの新Multi Jet Fusion技術では本物の熱可塑性樹脂をフルカラーで着色することを可能にする。

既にご紹介したとおり、新Multi Jet Fusion製法ではパウダー状のプラスチック素材が使用されるが、溶剤とディティールを表現する着色剤を吹付け、フルカラー化を行うことが可能。そのレベルは1インチあたりに12000ノズルが噴射するレベルで、一滴あたりのインク量は、何とナノレベルよりも小さい「ピコ」レベルで着色可能。まるで二次元インクジェットプリントのようにフルカラーのオブジェクトを作り上げることができる。

特殊なVoxel技術でマルチカラーを自由に表現できる。
Voxel単位(10ピコリットル)レベルで熱可塑性樹脂に着色可能。

表面特性や弾力性、導電特性まで付与できる

また、先に述べたようにこのフルカラー化を実現する技術は「Voxel」と表現され、さまざまな機能をパーツに付与することが可能となる。この印刷する着色の概念Voxel(ボクセル)とは三次元データの体積要素のことで、ピクセルと体積をかけあわせた言葉。言うなればヒューレット・パッカードはボクセルレベルで物体を区切ることで、樹脂素材にさまざまな機能性を備えた溶剤を噴霧し、造形オブジェクトに色々な特性を備えさせることが可能となる。

この技術は単純に着色するだけではなく、表面的性質を変えたり、半透明にしたり、弾力性や強度を持たせたり、さらには導電性能を付与することも可能になるとのこと。もしこの製法が実現されれば、あらゆる分野のプロダクトがデータから作れるようになり、同時に機能に応じたカスタマイズも実現可能となる。

表面の性質をカスタマイズできる。
透明性、半透明にすることもできる。
柔軟性や強度を与えることもできる。
導電特性も追加することができる。

マテリアライズとの提携で実際の製造レベルに浸透させる

ヒューレット・パッカードは今回の新Multi Jet Fusion製法の3Dプリンターの実用化に伴って、3Dプリント技術で最も実績があるエキスパート企業、マテリアライズと提携することで、実際の製造業レベルでの対応を可能なものにしている。マテリアライズは度々ご紹介してきたが、ベルギーに欧州最大の3Dプリントセンターを持つこの分野での草分け的な企業。

多くの製造業に独自開発の3Dプリントソフトウェアや3Dプリントサービスを提供することで、時代に対応したものづくりのプロセスを実現している。パナソニックHOYAアディダスSEIKO、など多くのメーカーが迫り来るマスカスタマイゼーションに対応するためにマテリアライズとのパートナーシップを組んでいるぐらいだ。

そんな高い技術力と実績によって、マテリアライズの3Dプリントソリューションは、ヒューレット・パッカードの今回の新Multi Jet Fusion製法の3Dプリンターのオープンソフトウェアプラットフォームの認証ソリューションとし採用されることとなった。マテリアライズの3Dプリントソフトウェアの技術は既に、EOSやレニーショーなどでもビルドプロセッサを開発しているが、3Dプリンティングのワークフローを簡素化しユーザビリティを向上させるものとして高い評価をえている。

今回のヒューレット・パッカードとの提携においても、試作段階のMulti Jet Fusion 3Dプリンターを操作しながら構築されたもので、ソフトウェアから3Dプリンターへのシームレスな統合が実現されている。例えば、Multi Jet Fusionの3Dプリンターの最大の特長は、独自のインクジェット3Dプリント技術によって表面処理などをできるようになるのが大きな特長だが、マテリアライズの開発したシステムでは、表面テクスチャや内部の多孔質、格子といった構造までスライスベースに拡張が可能。

言うなれば、最終品として量産を視野に入れたレベルまでソフトウェアの面から最適化してくれるというわけだ。ハードウェアだけではなくソフトウェアの面からも3Dプリンターで生産する時代になりつつある。

マテリアライズのソフトウェア開発動画

BMW、ナイキ、シーメンスなどが導入済み

ヒューレット・パッカードの新Multi Jet Fusion製法の3Dプリンターは、既に大手メーカー各社での導入・提携も行われつつある。例えばBMWは、1300万円から2000万円の間の価格で、新Multi Jet Fusion製法の3Dプリンターによる生産システムを立ち上げている。既にBMWは金属パーツを生成するためにレーザー焼結法の3Dプリンターを導入しているが、ヒューレット・パッカードの新Multi Jet Fusion製法の3Dプリンターではエンドユーザー向けのカスタマイズでの使用を大きく期待しているとのこと。

また、スポーツシューズの最大手ナイキでも新Multi Jet Fusion製法の3Dプリンターを導入している。ナイキでは従来からシューズのプロトタイプに3Dプリンターを利用してきたが、新Multi Jet Fusion製法の3Dプリンターではこれまで利用してきたモデルよりも最大50パーセントの生産コストがカットされることから導入を決定している。ナイキの場合は、今回発表された2機種を導入し、新たなプロトタイピングマシーンとして利用を開始するとのこと。

更に、ドイツのエレクトロニクス企業シーメンスも新Multi Jet Fusion製法の3Dプリンターの導入を発表。既にシーメンスは最先端の金属3Dプリント技術に投資するだけではなく、ローカルモーターズと提携した3Dプリント自動車の製造開発にも乗り出しつつある。今回の導入にあたっては、新Multi Jet Fusion技術が持つ、テクスチャ、密度、強度、摩擦、および電気的および熱的特性のような特性をパーツに与えられるVoxelが魅力で、さまざまなカスタムパーツやアッセンブリーパーツの生産とプロトタイピングに使用するようだ。

本確的な生産マシーンとして仕上がったヒューレット・パッカードの3Dプリンター。既に各社導入の動きも

まとめ 3Dデータからのダイレクトな大量生産が可能に

冒頭で述べたように、2016年度はものづくりにとって変革の年となるだろう。CLIP製法によって高速生産を可能にするCarbon M1 3Dプリンターが発売され、そして今回、熱可塑性樹脂による高性能、超高速な新Multi Jet Fusion技術が完成した。これによって3Dプリンターはこれまでのプロトタイプからの役割に加えて、カスタマイズ性と量産性を確立した、マスカスタマイゼーションを可能にする生産マシーンとしての道を歩み始めることになる。

また、3Dプリンターの進化とマスカスタマイゼーションの普及は、単純に生産プロセスが変革され、効率化されるといった影響だけではなく、人々が持つモノやプロダクトに対する価値を大きく変化させてしまうだろう。生産はしやすくなるかもしれないが、同時に本当に価値を感じもらう製品開発は難しくなるのかもしれない。テクノロジーが進歩し、自動化が進めば進むほど、ユーザーの立場に立ち、考え尽くされたモノだけが生き残る時代になりそうだ。

インクジェット3Dプリンターの原理と仕組み

i-MKAERでは光造形3DプリンターForm3+やレーザー焼結3DプリンターFuse 1Raise3Dシリーズなど多彩な3Dプリンターのノウハウ、販売をご提供しています。ご質問や無料サンプルや無料テストプリントなどお気軽にご相談ください。