人工知能と3Dプリンターで自動車をクラウド生産。オートデスクのHACK ROD

時代遅れなピラミッド型の産業構造を変える動き

3Dプリント技術の進化は、ものづくりのプロセスだけではなく、産業構造そのものも変革する力を持っている。これまでの大量生産、大量消費を目的としたものづくりのプロセスでは、必然的に、産業構造がピラミッド型にならざるをえない。統一規格によるプロダクトを大量に生産しなければならない場合、さまざまな種類のパーツや素材が無数に必要で、同時にそれを加工、組立するさまざまな技術が必要になる。

そのため効率的な役割分担と生産プロセスが必要になり、それを追い求めた結果、必然的にピラミッド型の運営スタイルが最も効率的になる。製品企画と設計・デザインを行うメーカーが頂点に存在し、その下に部品メーカー、材料メーカーが連なり、加工組み立て工場が紐づいてアッセンブルされる。一つの部品に見えたとしても、実は細かい無数のパーツで構成されており、そこには、ありとあらゆる企業の製品と技術が集約されている。

これが、これまでの大量生産、大量消費を前提としたピラミッド型の産業構造である。ちなみに一般的に下請け、孫請けという言葉には、あまり良い印象がないかもしれないが、飛躍的な経済発展を遂げ、格差が減少し、誰でもある程度のモノを欲しがった時代においては、このピラミッド型の産業構造が最も理にかなった方法なのである。しかし、既にモノが過剰に行き渡っている時代においては、人の購買行動は全く異なったスタイルになる。

人の価値観は多様化し、更に一歩突っ込んだ価値観を求めるようになる。こうした時代においては、これまでのように大量に物を生産したとしても、必ずしも今までと同じように売れるとは限らない。むしろ、自分だけの機能や、思い出、といった特別な価値観を重要視するようになり、複雑化する個人の要望に対する個別の対応が求められるだろう。

こうした対応を企業が取るためには、時代の変化に対応した産業構造や製造プロセスに自社を変革していかなければならない。これまで通りのものづくりの方法をとっていては、時代に対応できず必然的に衰退せざるをえなくなってしまう。あくまでもピラミッド型の産業構造は、大量生産・大量消費に最適化された生産プロセスなのであって、人の価値観が多様化する現代においては、大きな歪みを生み出す。

本日は新たな時代に対応した設計&生産プロセスを、人工知能を搭載したソフトウェアと3Dプリンターで、自動車製造で確立しようとするオートデスクの新たな取り組みについてご紹介しよう。

分散型生産モデルの時代

それでは時代に応じた、製造プロセスとはどのようなものなのだろうか。これまで度々ご紹介してきたように、現代のような価値観が多様化する時代においては、多品種少量生産や、一定数量の生産が可能ながら、個別のカスタマイズに対応したプロセスが必要になる。マスカスタマイゼーションという言葉に代表されるこの製造プロセスはまだ明確には確立されていない。むしろ時代の流れに対して、各企業が製造プロセスを追いつかせようと、作り上げている最中といった印象もある。

例えば、ローカルモーターズなどはその代表的な存在だといえよう。マイクロファクトリと言われる3Dプリンターを配備した地方の工場で、自動車のデジタルデータからのダイレクト製造を実現しようとしている。まだ小規模な動きではあるが、2017年の道路走行の実用化に向けて、人工知能を搭載するなど、着実に製品として機能するように開発が進められている。ローカルモーターズが開発した巨大な3Dプリンターは炭素繊維配合のABS樹脂で車体を作り、高速生産を可能にするものである。

また、最近の事例で言えば、ヒューレット・パッカードの新型3DプリンターMulti Jet Fusionは、最終品をダイレクトに製造するための画期的なマシーンである。金型で扱えるのと同様のプラスチック素材で、迅速に機能性パーツを量産する。こうした製造技術の進化は、常にデジタル化と連動しており、クラウド上の設計データからのアウトプットの精度をいかに高めるかが課題となる。

また、このデータから直接製造するダイレクト・デジタル・マニュファクチャリングの概念では、ストラタシスを外して語ることはできない。同社のFDM 3Dプリンターは、FDM技術の開発元として独自の進化を遂げ、ABSからポリカーボネート、ウルテムに至るまで、金型と同様の熱可塑性樹脂を超高性能に造形可能だ。このように、最終品をデータから作るマスカスタマイゼーションの動きは着々とではあるが巻き起こってきており、近い将来、ほとんどの製造プロセスがデジタルデータからのダイレクト製造という仕組みに帰結していく。

このデジタル製造は、クラウド上に設計データを共有すれば、世界中どこにいても、3Dプリンターを配備すれば、すぐさま生産し、組み立てが可能になる。それもユーザー個人々の仕様にカスタマイズされた状態で生産することができるのだ。この製造プロセスではわざわざ、安価な人件費を求めて製造工場を移転する必要もなく、巨大なピラミッド構造も不要、極端な表現を使えば、膨大な設計データを格納するサーバーと、それを正確にアウトプットするマシーンがあれば事足りる。つまり、次代の産業構造は完全にクラウドを中心とした分散型に移行していくと見て取れる。

2017年には車道での実用化を目指すローカルモーターズ。人工知能を搭載し本格的な分散型生産モデル実現を目指す。

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分散型生産モデルの課題:個別の耐久性試験や品質検査をどうクリアするか

分散型製造の時代において、最も力を持つ物はどのような技術なのだろうか。正確に、高精度でアウトプットすることができる3Dプリンターはもとより、それを具現化するためのソフトウェアが重要となる。ちなみにここでいうソフトウェアとは設計ソフトのことだが、単なる三次元化できるというだけでは不十分である。より進化した、物質と構造を熟知したソフトウェアが必要だ。

例えば、デジタルデータからダイレクトに製造できると聞くと、安易な捉え方をすれば、設計データさえあればなんでも作れるといった印象も持てる。しかし、設計データがあったとしても、ものづくりはデジタル上で完結するものではなく、最終的には物質、よく言われる表現では、「ビットからアトム」へアウトプットされなければ意味がない。この物質へアウトプットする際に最も注意しなければならない点が、構造や素材の特性である。

この構造や形状の場合、この素材をつかったら、どの程度の強度や耐久性が付与されるのか。こうした課題は、これまでのものづくりのプロセスによっては、実際にアウトプットされたプロトタイプで、耐久性実験などを行わなければならなかった。金型量産用のマスターモデルを生産する前にも、膨大な耐久性試験を経て、ちょっとやそっとじゃ壊れないということが確認されなければ、製品として世に送り出されることはない。この耐久性試験や製品の品質確認というプロセスこそが、マスカスタマイゼーションやダイレクト製造にとって大きな課題であり、個人個人で変化する仕様やデザインをどのように確認するかが課題となっていた。

オートデスクのHACK RODとは。人工知能による設計システムの真価

こうした品質管理の点からも、現状のマスカスタマイゼーションの実例が、表面上のデコレーションにとどまっている大きな理由である。しかし、今、上記で述べたような、物質と構造をデジタル上でシミュレートし、ビットからアトムへのアウトプットの精度を飛躍的に向上させるソフトウェアが登場しつつある。

また、このプロジェクトはソフトウェア開発だけにとどまらず、そこから更に進んだデジタルデータからの分散型生産モデルを確立する動きにまで進化しつつある。このプロジェクトはオートデスクが中心となって取り組むHACK RODと言われるプロジェクトで、自動車の完全自動生産を目指す取り組みだ。

自動車のクラウド&分散型ローカル生産モデルは、既に述べたとおり、ローカル・モーターズが実践を開始しているが、ローカル・モーターズは、クラウド上のコミュニティから生産するというモデルである。一方、オートデスクのHACK RODでは人工知能を搭載したジェネレーティブデザイン・エンジンという手法によって、デジタル上で強度や耐久性などがシミュレーションでき、最適な構造に自動設計してくれる仕組みを採用している。この構造や耐久性などを図るシステムは以前もご紹介したドリームキャッチャーというシステムである。

このHACK RODの基本的な流れはこうだ。まずオートデスクでは、ベースとなる車体のシャーシをスキャニングしてクラウド上にアップロードしている。このシャーシはクロムモリブデン鋼と言われる合金で作られたもので、一般的に自動車のフレームやライフルの銃身、ゴルフクラブのヘッド部分などに使用される素材。非常に優れた強度重量比を持っており、軽くて高強度な合金の代表とも言える。

HACK RODでは、エンジニアやデザイナーがこのモリブデン鋼ベースのシャーシを元に、デザインしたい形状に応じて、形を変えることが可能となる。その際、走行時におけるさまざまな動作に耐えうるような形状に自動で構造を変えてくれるのがジェネレーティブデザイン・エンジンと言われるシステムだ。言うなれば人工知能が自動で最適な構造を設計してくれるというわけだ。

その後、車体の外側はオートデスクのクラウドデザインソフトFusion 360でデザインし、走行時における空力テストなどもクラウド上で可能となる。つまり、オートデスクのHACK RODでは、クラウド上で、自動車の設計とデザイン、さらには強度耐久試験、走行テストまで、一連の流れを行ってしまうことができる、画期的なシステムなのである。

クロムモリブデン鋼の自動車シャーシを3Dスキャン。形状や強度などをクラウド上でアップロード。
ジェネレーティブデザイン・エンジンで形状やパーツを選択し構造をデザインできる。
強度や耐久性を人工知能が自動で測定。最適な形状に設計してくれる。
Fusion360で車体ボディの3Dデザインを行う。空気抵抗のテストもできる。
3Dプリントのシミュレーションも。

HACK RODプロジェクト動画

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3Dプリンターの分散型生産モデルまで落とし込む動き

HACK RODの画期的な点は、クラウド上の設計・テストで完結するのではなく、更に一歩進んだ生産レベルまでこの仕組みを拡大しようとしている点にある。冒頭で度々触れてきているように、新たな時代に対応した製造プロセスは、クラウドを基点にした分散型生産モデルに移行していく。

すなわちクラウド上で設計データを構築、検証を行い、現地の3Dプリンターで出力し組み立てて納品するという仕組みだ。オートデスクのHACK RODは、この分散型生産モデルを、UPSを中心としたクラウドDDMと組むことで、実現しようとしている。またパートナー企業として、航空宇宙産業のロッキード・マーチンや、アルミニウムの最大手アルコア、3Dプリンターとクラウド製造の連合体America Makesと提携を行っている。

実際のパーツ製造はUPSが展開するCloud DDMで3Dプリントされるが、UPSが導入しているのはFAST RADIUSというオンデマンドパーツ生産のサービスだ。FAST RADIUSはUPS内で製造設備を展開しており、プラスチックや金属などの3Dプリンターのほか、CNC加工機や射出成形機まで配備し、リバースエンジニアリングなどにも対応している。

このCloud DDM(クラウド上で、ダイレクトにデジタルデータから製造する仕組み)は、空港にあるUPSの物流センター内に配備されたマシーンで生産が行われ、早ければ注文を受けてから即日生産、即日発送も可能になる。実際に、このHACK RODの取り組みでは、シャーシの三分の一の大きさのテストモデルがABS樹脂によって3Dプリントされている。現在は実寸大を作るまでのテスト段階だが、近い将来Cloud DDMによって実機の生産が可能になるとされている。

ちなみにUPSに配備されている3DプリンターはストラタシスのハイエンドFDM 3DプリンターFortusシリーズで、金型で扱えるのと同様の熱可塑性樹脂を高性能で使用できるのが特長的。HACK RODでデザインと設計、耐久テストや走行テストが行われ、問題なければUPSの設備でパーツに応じた生産が実現されるというわけだ。UPSは既に全米で3Dプリントサービスを展開するだけではなく、空港内での生産を実現することで、物流への素早い対応も実現している。まさに3Dプリンターとクラウドを中心とした分散型生産モデルの雛形とも言える取り組みだろう。

UPSのCloud DDM。ストラタシスのハイエンドシリーズFourtusが大量に配備されている。
ABS樹脂で出力されたシャーシのテストモデル。

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まとめ 産業構造からサプライチェーンまで変える力

HACK RODは、まさに明日の時代の製造プロセスを確立するテストモデルと言えるのではないだろうか。この仕組みが徐々にではあるが浸透することで、マスカスタマイゼーションがより確実なものになるだろう。生産するマシーンである3Dプリンターの性能が進化し、素材のバリエーションも増えることで、クラウドを中心とした分散型生産モデルはより完全なものとなる。

おそらく、今後は3Dプリンターと射出成形機などの金型をより細かく組み合わせて、使う新たなものづくりの形が浸透していく。またその中心に常に存在するのが、クラウド上で共有される設計図であり、その設計図の元にもなるデザインなのだ。この製造プロセスが強いところは、効率化や在庫ゼロという物質的な面でのメリットもさる事ながら、これまでの垂直統合のピラミッドモデルよりも、はるかに高速に、そしてユーザーの細かい要望に答えながら、ものづくりができるという点にある。

製品企画から設計、そして生産までのスピードが、垂直統合型のピラミッドモデルとは比較にならないほどのスピードで可能になるのだ。また、この方法は、ものづくりの幅をベンチャー企業やメイカーズと言われる個人のものづくりにまで大きく広げることを可能にする。まさにこれからの時代に対応した雛形ともなるモデルだ。3Dプリンターと人工知能を搭載したソフトウェアが、新たな産業構造を築きつつある。

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