デジタルファブリケーションの現状と未来 -慶應義塾大学SFC田中浩也教授とストラタシス・ジャパン片山浩晶氏インタビュー-

創造性を加速するデジタルファブリケーションの波

3Dプリンターの進化によって、デジタルファブリケーションの波が押し寄せようとしている。すでに一部の海外メーカーでは、3Dプリンターを従来のような試作製造を行う機械としてではなく、デジタルデータからダイレクトに製品を生産するマシーンとして活用する動きが登場している。

このダイレクト・デジタル・マニュファクチャリグ、通称DDMと呼ばれる新たなものづくりの流れは、これまでの大量生産時代とは異なる新たな価値を生み出してくれる。

クラウド上で設計データを共有することで、ものづくりに多くの視点やアイデアを取り入れることができる。また、従来の伝統的な製造手法に比べてコストが低く、様々な取り組みに挑戦することができる。

このデジタル製造の流れを取り入れることで、既存メーカーは、より多くの新製品を世に生み出すことができるし、世の中の課題を、ものづくりで解決したいベンチャー企業は、自分たちのアイデアを製品化しやすくなる。

デジタルファブリケーションに精通した人材育成がカギ

このように、デジタルファブリケーションを取り入れる流れは、時代の必然ともいえるが、そのためには、3Dプリンターとデジタル設計、両方の技術に精通した人材を育てることが喫緊の課題でもある。

すでに世界の先進諸国、アメリカや中国、シンガポールなどでは、デジタルファブリケーションに精通した人材育成に力を入れ始めており、中学、高校レベルの教育からその普及に力を入れている状況だ。とりわけアメリカにおける教育機関への3Dプリンターの普及は目覚ましく、着実にデジタルファブリケーションが当たり前の素養として身に付きつつある。

例えば、デスクトップ3Dプリンターの代表でもあるMakerBotは、イノベーションセンターとして、全米では5000校以上の学校に導入が行われており、学生たちの創造性の開放の場として、またものづくりの拠点として学校が機能しつつある。

全米で5000校以上の学校に導入が行われたMakerBotイノベーションセンター

日本も着実に普及。日本初のMakerBotイノベーションセンターがオープン

一方、日本においてもデジタルファブリケーションに精通した人材を育てる環境が着実に整いつつある。例えばデジタルファブリケーションを教える中心的な存在として知られるFabLabやそれに類するファブ施設は、わずか数年で、今や日本全国150カ所近くまで拡大している。さらには、2016年6月には、日本で初となるMakerBotイノベーションセンターが慶應義塾大学SFCにオープンした。

本日は、FabLab Japan発起人でもあり、日本で初めてMakerBotイノベーションセンターを導入し、3Dデジタル設計・デジタル生産に対応した人材育成を行う慶應大学SFCの田中浩也教授と、株式会社ストラタシス・ジャパン代表取締役社長の片山浩晶氏に、MakerBotイノベーションセンターを中心にしたデジタルファブリケーション教育の現状と課題、さらには今後の取り組みについてお話しをうかがった。

慶應義塾大学環境情報学部田中浩也教授。新しいものづくりの世界的ネットワークであるファブラボの日本における発起人であり、日本で初めてMakerBotイノベーションセンターを導入し、3Dデジタル設計・デジタル生産に対応した人材育成を行う。

MakerBotイノベーションセンターの記事はこちらをどうぞ

MakerBotイノベーションセンター導入で起きた変化

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(以下SFC)に新たに導入されたMakerBotイノベーションセンター。全12台のMakerBotの3Dプリンターを中心に、レーザーカッターやカッティングマシン、デジタル刺繍ミシンなどが並ぶ。SFCに導入されたイノベーションセンターは日本初、アジアでは香港に次いで二番目となる。このイノベーションセンター導入により、学生たちの取り組みや意識はどのように変化したのだろうか。

田中教授― 「3Dプリンターは、もともと各先生の研究室にはありましたが、だれでも無料で使えるFABスペースとして使えるようにした大学はSFCが初めてです。導入して何が起こったかというと、学内でのさまざまな授業が、3Dプリントを前提とした授業になりました。」

「例えば、脳科学の先生の授業では脳の構造を3Dプリントして把握するという課題が出される。また、ドローン開発の授業ではドローンに搭載するカメラや農薬散布用のアタッチメントなど3Dプリンターで作るという使い方も登場しています。」

「基本的にイノベーションセンターには専属スタッフがついていますが、運営の主体は学生たちが行っています。学生コンサルタントといわれる、3Dプリンターやデジタル設計に精通した学生が運営を行い、学生同士で教えあうという動きが盛んです。そのためわざわざ授業を行わなくても学生たちが勝手に使い始めてしまう。そういうカルチャーが起こっています。」

SFCに導入されたMakerBotイノベーションセンター。学生が自ら運用を行う。

クラウドとオープンイノベーションも学べる仕組み

MakerBotイノベーションセンターには複数台の3Dプリンターが配備されているが、これらの3Dプリンターをクラウドベースのソフトウェアで一元管理できるため、学生たちはネットワークを通じてイノベーションセンターにアクセスし、自ら3Dデータをアップロード、3Dプリントをしている。

これにより学生たちは実際のデジタル設計や3Dプリントを学ぶだけではなくクラウド製造も学ぶことが出来る。デジタルファブリケーションの最大の特長はクラウドを中心にしたデータ、ノウハウなどの共有効果だが、田中教授はこの特性を最大限活かすために、ものづくりのレシピ共有サイトも立ち上げている。それがFabbleだ。

田中教授― 「Fabbleは、言うなればものづくりのレシピサイトです。イノベーションセンターは学生たちが主体となって運営していますが、ノウハウや改善点など、3Dプリンターの利用台帳みたいなものを最初は紙ベースで作っていました。しかし、デジタルがベースなのであれば、こうした知識やノウハウもデジタル上でシェアされるべきと思い作りました。」

「このFabbleでは、ものづくりのレシピだけではなく、3Dプリンターを使って良かった点、悪かった点、改善点などを共有しています。実は、利用者はSFCだけではなくて、日本中の全国の学生が参加してきています。例えば宮城大学、九州大学、神奈川大学の学生なども、このFabbleに参加してきています。」

ものづくりレシピサイトFabble。すでにSFCだけではなく、他校の大学生など、クラウドを通じて多くの利用者が参加している。

デジタルとフィジカルをつなげることを目的にしたファブキャンパス

上記のようにSFCでは、学生たちが自ら課題を見つけ、そのための解決手段として3Dプリンターを使っているが、こうした動きが自然発生的に巻き起こる理由はSFCのシステムや成り立ちに起因する。

SFCが他の大学と異なる点は、必修などの授業を受ける一般的な履修システムではなく、学生たちが自ら課題を見つけ、その解決のため授業を選択するというシステムをとっている点にある。また、SFCは、日本におけるインターネット発祥の地でもあり、その流れを組むファブキャンパスを構築している。

田中教授― 「もともとSFCは、1990年代にインターネットを最初にキャンパスにひいた経緯があります。その流れを組むファブキャンパスは、デジタルの世界とフィジカルの世界をどうつなげるかという実験を行う場でもあるのです。そこでは10年スパンでみて、実世界の情報をどうモノにつなげるか。いろんな手段を使っていかに、デジタルとフィジカルをつなげるか。どのように創造性を喚起するか、という課題に取り組んでいます。」

「その中でもイノベーションセンターはファブキャンパスの中心を担っていますが、その分野はさまざまで、3Dプリンターは、ドローンとかロボットとか、無人自動車、脳科学、訪問看護、ヘルスケア、スポーツ、いろんな専門分野に結びついています。つまり3Dプリンターは『触媒』なんです。」

3Dプリンターを使ったリアルな製品開発を学べる授業

ファブキャンパスでは、基本的に学生が自由に課題を見つけ、あらゆる分野の課題解決のために3Dプリンターを使っているが、実際の授業ではどのようなことを学ぶのだろうか。そこでは、より本格的な製品開発の手法、3Dプリンターの使い方を学んでいる。

田中教授― 「3Dプリンターを使った私の『デジタルファブリケーション』という授業では、実際の製品開発に近い課題を行います。毎年行っているのが、ランプシェードの開発ですが、授業で出される課題は具体的で『キャンパス内で2年間使用できるランプシェードを作る』といった課題が行われます。」

「その過程では、ただ単にデザインして3Dプリントするだけではなく、実際に2年間使用できるようにしなければならない。そうしなければ単位がもらえない。」

「そのためには、強度や耐久性、落下試験といった実際の製品に求められる機能がクリアされていなければなりません。イノベーションセンターでは学生が自由に3Dプリンターを使えて学べますが、授業では、さらに一歩進んだスキル、実際の製品開発の手法を学ぶことが出来るのです。」

学生ベンチャーも生まれる環境と品質保証の課題

ファブキャンパスとイノベーションセンターは、さらに学生発のベンチャー企業も生み出し始めている。上記でご紹介したような本格的な製品開発が学べる授業は、授業だけにとどまらず、実際の社会の課題を解決する製品も生み出している。

3Dプリンターで義足を作るベンチャーがSFCの研究室で生み出されたが、そこにはPL法(製造物責任法)の壁が存在している。具体的にはどのような課題が存在するのだろうか。

田中教授― 「3Dプリンターとデジタルファブリケーションによって、学生数名のベンチャーが本格的な製品を作れるようになってしまった。しかし、そこではPL法をどのようにクリアするかということが喫緊の課題です。」

「PL法は同一規格の量産品を対象にしているため、サンプリング検査、形状が同じということが前提になっている。しかし、一人ひとりにカスタマイズされた義足をどのように検査するのか。」

「これまでの圧縮試験、引っ張り試験、物性試験などを一つ一つ行うのではなく、あらたな仕組みづくりが必要です。」

片山氏― 「ストラタシスでもこのカスタマイズとダイレクト・マニュファクチャリングに対応する仕組みづくりが課題にもなっています。」

「3Dプリンターは基本的には一層ずつ積み重ねて造形する積層造形ですが、例えば現在では、層ごとの積層条件、材料条件などもある程度モニタリングできる。その一層一層がOKであれば、それによって作り出された製品もOKという判断もできる。」

モニタリングとインスペクションをリアルタイムでつなげて品質保証をクリアする仕組みが必要だと考えています。それには大学、研究機関、センサーメーカーなどが協力して、業界あげて3Dプリンターの新たな方法をつくり、材料、生産マシーンとしてのあり方を確立しなければなりません。」

田中教授― 「インターネットの世界は基本、表現の自由を基調として進んできました。一方、ものの世界というのは身体の安全を基調として進んできた。」

デジタルファブリケーションの最大の焦点は、二つの相反する『表現の自由』と『身体の安全』が合わさったところにあります。それによって、創造性が開放され、新しい価値も生まれるが、同時に、現状の品質保証の壁をどう乗り越えるかが問題。新たな、時代にあった仕組みづくりが喫緊の課題です。」

SFCの研究室から生まれた義足を3Dプリンターで作るベンチャーSHC Design

クラウドを使ったデジタルファブリケーションのハブになる未来

MakerBotイノベーションセンターの導入で、SFCの学生は当たり前のようにデジタルファブリケーションを学ぶことができる環境にある。しかし、イノベーションセンターの使い方は、外との連携を行うことで、さらなる拡大、広がりを体験することが可能だ。

例えば、GEのFirstBuildなどは、家電製品をエンジニアがハックして改良するが、そこでは、3Dデザインのクラウド共有サイトGrabCADで共有するだけではなく、リアルな場所での製品開発を行っている。こうした未来の製造体験を、イノベーションセンターであればリアルに学ぶことが可能になる。その近い未来の取り組みはどのようなものなのだろうか。

片山氏― 「ご存じのとおり、MakerBotはクラウドでプリンターもデータも管理することができるため、クラウド3Dプリンターといっても過言ではありません。」

「例えば、その仕組みを利用すれば、世界各地のイノベーションセンターをつなぎサミットのようなことも実現化できるのです。ストラタシスの持っている宝は、アメリカで5000校に入っているイノベーションセンターです。」

SFCが日本の中のデジタルファブリケーションのハブになり、クラウドでアクセスできるアメリカの学校12校のイノベーションセンターとつなぐ。そうすると、ある日突然朝来ると、アメリカから3Dデータが来ていて、3Dプリントされており、それを確認してお互いにハックしあいながら、改良してやり取りする。」

「そうしたクラウド製造の流れを学生時代から体験してもらう。もちろんアメリカとのワールドサミットでもいいし、SFCと香港を中心にしたアジアのイノベーションセンターサミットでもいい。」

「ものづくりの今後はハッカソンです。出来たものに一つ要素を加えて、さまざまな進化していく。知の枝分かれです。そんなクラウドものづくりの進化を、学生のうちから体験できるように是非、早い段階でSFCが中心となってやりたい。」

田中教授― 「ぜひやりたいですね。現在、SFCでは夏休み海外フィールドワークというものが盛んで、海外に滞在してものを作るというプロジェクトが多数起こっています。」

「例えば、それを海外に行くまでの半年間をイノベーションセンターを通じて遠隔でコミュニケーションをして、デザインや製品アイデアのやり取りをする。そして夏休みには海外に滞在して、3Dプリンターでアウトプットして一つの製品に仕上げていく。この仕組みなら、同じ環境でのものづくりが体験できる。」

「別の大学でも同じ作業ができる。3Dプリンターを使えば、遠隔とリアルな場所のものづくりができます。ネットの遠隔の良さと、同じ環境で対応できるものづくりの良さ。こうした国際ワークショップをぜひやりましょう。」

片山氏― 「3Dプリンターは、クラウドを介した場合、もの作るツール&コミュニケーションツールとしての役割を発揮します。これは従来の金型を介しての方法では、時間、コスト、手間といった面でできない。ダイレクトでデータを送ってコミュニケーションできるツールなのです。」

「しかしこうした機能の一方でハブが必要。大学がそのためのハブになる。いろんな学部、いろんな人がいて様々なものづくりが生まれていいと思う。大学が中心になって企業を巻き込むという形もある。イノベーションセンターが企業でも地方にあってもいい。FABLABのFABスペース、ソニークリエイティブラウンジ、テックショップといったものとのリンクがあってもいいでしょう。」

3Dプリンターがものづくりの共通言語、中心になる。リアルに触れることでの改良点、意見が生まれる。使う側の人間がカギだと思います。」

全世界から320万人以上が会員となるデジタルマニュファクチャリングのハブ、GrabCAD
GEの家電製品をハックして新たな新製品を開発するFirstBuild。

今後のものづくりにとって、3Dプリンターは「創造のパートナー」となる

これまでご紹介してきたように、3Dプリンターとデジタルファブリケーションの波は着実に広まりつつある。しかし、アメリカや中国など、その他の先進諸国に比べればいまだ、遅れをとっているのが現状である。

SFCが日本でいち早くイノベーションセンターを導入し、デジタルファブリケーションの先鞭をつけているとはいえ、アメリカの5000校と比べれば、さらなる普及が必要だ。今後のデジタルファブリケーション普及については何が重要なのだろうか。

田中教授― 「創造的な空気を作ることがとても大切です。3Dプリンターの実態は、ボタン一つでモノができてくる魔法の箱ではない。実態は、自分の体験を失敗しながら、何度でも試行錯誤できる、ものづくりを楽しむためのツール。本当は利便性が売りではなく、『創造プロセスのパートナーになるもの』です。ミシンとかシンセサイザーとかと同じなんですよ。どれだけものづくりを楽しむかという空気が大切です。」

「例えばオープンデザインの授業でExiii 電動義手の三次元データを使っていろいろなリデザイン(派生形)を作る授業をやっています。

「手の形はその人その人の形にカスタマイズできる。授業の教材として、義手ではなく普通の人でも使える第三の手というコンセプトでリデザインしてみる。また、オリンパスがオープンハックカメラの取り組みオリンパスOPCを開始しました。カメラの筐体がないモノを提供し、いろんな人がデザインしてみる。」

「3Dプリンターは、このように、いろんな人の意見やアイデアを取り入れるために有効なツールです。このオープンソース的な手法は、まだどうなるかわからないことだらけ。だから、どうなるんだろうという人にこそ、3Dプリンターをつかってやってみてほしい。実験する中で可能性を見つけていく時代だと思います。」

片山氏― 「3Dプリンターの現状を見ると、フォーチュン500社レベルの企業で3Dプリンターが導入されている数は、アメリカ400社、中国が300社、ドイツ200社、韓国20社。一方で日本はゼロ。」

「こうした現状を打破するには、3Dプリンターを使ってメーカーとしての実体験までもっていくという体験が重要だと思います。PL法はどうなるのというところまで、実体験で体験してみる。こうした試行錯誤の挑戦が必要かと。また学生とのコラボレーションだったり、新たなアイデアを集める取り組みも必要。実際企業からもそうした依頼もある。」

「さらにはトラディショナル、伝統的製造との融合とか、大学、企業含めて、みんなでやろうという地道な空気感を作ることが最も必要だと思います。例えば、シンガポールなどは4つの大学で3Dプリンターとデジタルファブリケーションに150億円も投資し、大学、企業が一体となって取り組みをしている。こうした一体の取り組みが日本でも必要です。」

田中先生のオープンデザインの授業ではExiii の電動義手の三次元データを使っていろいろなリデザイン(派生形)を作る授業を行っている。

まとめ デジタルファブリケーションが膨大な創造の波を起こす

慶應義塾大学SFCのMakerBotイノベーションセンターは、導入以来12台の3Dプリンターがフル稼働の状況になっている。そこでは学生たちがあらゆる分野で、クラウドを使ったダイレクト・マニュファクチャリングと、デジタル設計を使いこなしている。

また、田中先生が日本にもたらしたFabLabは、ファブ施設としても広がり、日本全国150カ所に及び、3Dモデリング講座、講習会などが盛んにおこなわれている。

田中先生は大学の役割を社会における噴水効果と言われたが、確実にデジタルファブリケーションの概念が日本全体に浸透してきているといえるだろう。やがてデジタルファブリケーションによって生み出される膨大な創造の波が堰を切れば、日本に本当のものづくり革命をもたらす。

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