日本で産学官の3Dプリンター開発が始動、各国比較に見る戦略性不在

出遅れた日本の3Dプリンター政策

昨年度からアメリカやイギリスを中心に、各国が、政府、民間企業、教育研究機関が一体となる3Dプリンタープロジェクトを進めている。そんな中、日本では本格的な動きが見られなかったがようやくここにきて産学官一体のプロジェクトが開始された。これまで、当然のことながら、日本も大手製造業の競争力を高める3Dプリント技術に鈍感だったわけではない。

従来からも経済産業省が中心となって次世代技術ともいえる3Dプリント技術に対するプロジェクトを計画していたが、ここにきてようやく本格的に始動に至ったようだ。しかし、アメリカやイギリスなど主要国は、明確な戦略と目的に基づいて3Dプリント政策を立てており、既に自国の様々な製造分野で導入をしつつある状況だ。実際にいろいろな企業でコスト削減とリードタイムの減少を果たしつつある中、正直、日本の出遅れ感は否めない状況だ。

本日は日本の3Dプリントプロジェクトと海外の取り組みを比較してみたい。

※7000字近い長文記事です。

概要:大手27社の参画と38億円の支援

この3産学官連携の3Dプリンタープロジェクトは、「次世代3D積層造形技術総合開発機構」といわれ、2019年度までに、金属パーツを製造できる高性能3Dプリンターを開発するというものだ。来年2015年には試作機、2019年には販売を目指すという。

研究機関からの参加は、東北大・近畿大、また、日本で最高技術を結集する産総研などが参加し、民間企業からは三菱重工、日産、パナソニック、川崎重工、コマツなどが27社の企業が参画する。資金は経済産業省から38億円の予算が投下されるとのことで、同時に加盟企業は1社あたり年50万円を払うという構成だ。

3Dプリンターの性能では現在の10倍の速度で製造できる高性能機器を実用化することが目標になっている。ここ数年経済成長率が停滞している中、GDPに占める製造業の割合は年々低下し現在は19%程度だ。また、基本的には輸出依存度が低く、国内市場にむけて競合他社が乱立している状況であり、今後いかに製造企業の競争力を高めていくかが課題となる。

既に海外の製造企業は3Dプリンターを企業の競争力を高める原動力としてとらえ導入と開発に躍起になっている状況だ。そんな中、海外企業とどう戦っていくか、どう付加価値を高めていくかが本質的な課題になるだろう。

3Dプリンターの開発目的:崩壊したピラミッド構造を救うか

日本の製造業と海外の製造業の根本的な差は利益率の差にある。従来から課題とされてきたことだが、日本の大手製造企業は利益率が海外企業の半分程度だ。これは日本が基本的には内需の国だからだ。最近になり海外に打って出ていこうという流れが見られるが、海外では既に負けている状況だ。いまだに一部の論調で、技術力では世界一ととらえる風潮があるが、海外企業との競争では水をあけられる一方だ。

  1業種に競合他社が乱立

第一の理由として、一業種に多数のメーカーが存在することがあげられる。今後縮小していく一方の国内市場において、ライバル企業との熾烈な価格競争から利益率が極端に低くなっている。一方、海外の主要なメーカーは基本的に1業種1メーカーであり、利益率も日本企業よりも高く、競争力も高い。

さらにこうした日本企業はその多くがラミッド構造という旧態依然の生産体制で、大手メーカーは下請け、孫請け企業を支配することで、成り立っている。仮に競争で、海外勢との戦いに敗れた場合には、極端に低い利益率のしわ寄せを、こうした下請け、孫請け企業が負うことになる。

安価で高い技術力のアジア諸国

第二の理由として、安価な海外企業の技術向上があげられる。日本の産業空洞化の主要な要因だが、中国をはじめとするアジア諸国の工場は、技術的にはかなりのレベルまで向上している。日本が一番という考えはもはや妄想にすぎないだろう。当然、ピラミッド構造の大企業は、低い利益率を保ち、ただでさえ低い競争力を維持するために、海外の安価な人件費を求めて生産工場を移転してきた。

しかし、海外企業とグローバル市場で負けたばあいには、ますます下請け、孫請けが切られ、バッドサイクルへと落ち込んでいく状況だ。既に製造業のピラミッド式の産業構造は崩壊しているといっても過言ではない。

このような状況の中、コスト効率を高め、製品開発のスピードを短縮し、製品のクオリティを高めることで期待が持てるのがこの3Dプリンタープロジェクトだろう。おそらく、これにより3Dプリンター自体の販売で世界シェアをとることが目的ではない。

3Dプリンター市場はすでに、アメリカが75パーセント、ドイツが15パーセントの市場シェアをもち、世界市場は米国とドイツに支配されている状況だ。日本のシェアはちょうど0.3%程度しかなく、開発でも出遅れている状況にある。そうすると3Dプリンター自体の販売で競争することは目的ではなく、日本独自の体制をもつ製造業を強化し、競争力を高めることが本来の目的だと思われる。

日本の製造業に対する影響 メリットとデメリット

今回正式に発足された3Dプリンタープロジェクトが完成した暁には1台5000万円ほどで販売されるという。このプロジェクトがもたらすメリットとはどのようなものなのであろうか。基本的にこの3Dプリンター開発がもたらすメリットは、大規模な製造ラインを持つ大手メーカーたちだけだ。もともと3Dプリンターの特長が、カスタマイズ性にあるが、その特長を生かすと製造ラインに置けるパーツ開発、製品開発のスピードが格段に早くなる。

従来の金型を使う製法に比べて、コストも時間もはるかに短縮することができる。また、3Dプリンターの技術が向上することで、最終品のパーツや商品自体を製造することができるようになる。そのような体制が確立すればもはや不要な在庫はいらなくなるだろう。

こうした3Dプリンターがもたらすメリットは大規模な生産ラインを抱える大手メーカーにとってはすさまじいメリットを発揮する。既に欧米の航空機メーカーや、自動車メーカーでは、最終品の製造に3Dプリンターを利用しはじめており、圧倒的なコスト削減とリードタイムの短縮を実現している。

しかし、1台5000万円もする3Dプリンターは中小企業では到底購入が難しいし、実際に参加している27社の大企業にこの3Dプリンターが導入された場合、下請けの部品メーカーや、金型メーカーが受ける影響は少なくないのではないだろうか。3Dプリント技術は参加している大手のメーカーにとっては競争力を高めるツールとしてメリットがあるが、製造業の99%を構成する中行企業にとっては、直接的な影響はなく、仕事がなくなるというデメリットがあるかもしれない。

各国の3Dプリンター政策との比較 -戦略性が不在の日本-

このように、3Dプリンターはプロジェクトに参加している27社のような大規模製造設備を持つ企業にとっては大いにメリットになるが、他国の政策や取組と比較した場合、本当に競争力を高めることにつながるのだろうか。まずはその投資金額と内容についてみてみよう。

あらゆる分野で3Dプリント利用を開始するアメリカ

3Dプリンターで、世界で一歩先を行く国がなんといってもアメリカだ。アメリカは既に昨年度に産学官が集まった3Dプリント技術の研究拠点NAMIIを設立している。NAMIIは2013年度に7000万ドル、約70億円かけられて作られた3Dプリント技術研究の一大拠点だ。

設立後様々な研究に資金を投じており、2013年の年末には、あらたな技術革新への資金として740万ドル、約7億4000万円、2014年に入ってからは、31社が参加する15のプロジェクトに1930万ドル、約19億3000万円の資金を投じている。アメリカでは既に20年以上3Dプリント技術に関する研究と導入の実績があるため、その土台をもとに、具体的な使用分野への研究開発に踏み込んでいる。

さらに、3Dプリンター自体の性能向上や様々な素材に対応する研究開発も行っている最中だ。

アメリカの3Dプリント政策の記事はこちらをどうぞ

巨大3Dプリントセンターを構築するイギリス

アメリカと同時に3Dプリント技術に力を入れる代表的な国がイギリスだ。イギリスは2015年オープン予定の一大3Dプリントセンターの開設に巨額の資金を投じている。これはイギリスの主力製造業である航空機産業や自動車産業を牽引する巨大設備として建設されるものだ。その資金は1500万ポンド(約25億5000万円)にも上る。

この設備は研究開発をおこなうだけではなく、実際に3Dプリンターで様々なパーツ類を製造したり、開発したりすることを目的としたものだ。イギリスの主力産業である航空宇宙産業に対する100億円規模の競争力強化政策の一貫として建設されるもの。イギリス財務省によると、この3Dプリンターセンターの経済価値はイギリス経済にとって数十億ポンドの価値があると見積もっているようだ。

また、航空宇宙産業をふくめる5大分野に対し、既に1000万ポンド(約10億円)を3Dプリンターの応用研究目的で投資している。

イギリスの3Dプリント政策の記事はこちらをどうぞ

グローバルサプライチェーンの変革をもくろむシンガポール

一方で、アジアでも3Dプリント技術に多額の投資を行う国がある。世界の物流拠点でもあり加工貿易の中心地でもあるシンガポールだ。シンガポールも政府主導で昨年度以降、3Dプリンターへの研究開発に取り組んでいる。来月5月オープン予定の3Dプリント技術の研究機関には3000万ドル、約30億円の資金を投資している。

また、追加で各製造業に対して1500万ドル、約15億円の資金を各製造分野に投資を行った。主な対象分野は、シンガポールの製造業の20%を占める航空宇宙産業、自動車産業、石油·ガス開発、海洋および精密工学産業だ。この分野における3Dプリント対応を支援し、新たな製造プロセスを構築することを目的としたものだ。

シンガポールが3Dプリント技術に対して本腰を入れている背景には、加工組み立て工場としてのシンガポール製造業の特長による。将来的にデータでパーツ類がやりとりされるようになれば、グローバルサプライチェーンも大きな変革を迎えるからだ。そうした時代と自国の産業構造をマッチさせるキーワードが3Dプリンターへの投資につながっているのだ。

シンガポールの3Dプリント政策の記事はこちら

下記は各国の概要と目的をまとめたものだ。

日本以外の諸国は既に3Dプリンター自体の開発ではなく、もっと細かい、具体的な応用分野や、素材の研究開発などにまで踏み込んでいる状況だ。日本の3Dプリンターへの投資内容が今一つ具体的に見えてこないため、一概に比較はできないが、3Dプリンター自体の開発というだけでは、他国との競争力は開くばかりだ。

各国はそれぞれ、自国の主力産業強化の目的でその利用拡大と研究を深めており、投資に明確な戦略性が見て取れる。イギリスなどは投資による経済効果まで数値にして開示しているぐらいだ。単純に10倍の速度で造形できる3Dプリンターの開発だけでは、何のための政策なのか、何のための投資なのか今一つ見えてこない。

競争力を強化することが目的なのか、3Dプリンター自体を開発することが目的なのか、極めて曖昧模糊としている。

各国の3Dプリンターの性能と開発目標の比較 -性能でも劣る日本-

それでは次に、各国が進める3Dプリンターの開発状況を見てみよう。日本が今回のプロジェクトで開発をもくろむ3Dプリンターは従来の10倍の速度を持つ金属製の3Dプリンターとのことだが、各国の開発はどのような状況なのだろうか。3Dプリンターにとって造形スピードは早急の課題であるため、各国の研究機関もスピード向上に目下注力している状況だ。

アメリカ:500倍のスピードと10倍の大きさが可能な3Dプリンター

以前もご紹介したが、アメリカは既に従来の500倍のスピードで、10倍の大きさまで造形可能な3Dプリンターの開発に着手している。70年の歴史を持つオークリッジ国立研究所が中心となり行っているもので、既にプロトタイプの開発に入っている状況だ。

500 倍のスピードの3Dプリンター開発の記事はこちらをどうぞ

イギリス:1秒間でプリント可能なプリンター開発

イギリスの研究機関も既に新たな次世代型の3Dプリンターの開発に着手中だ。イギリスの場合はわずか1秒で、親指程度の大きさの物体が作れる3Dプリンターを開発しようとしている。金属粉末の高速焼結が可能な3Dプリンターの開発だ。現在のデスクトップタイプの1800分の1のスピードになるという。

1秒間でプリント可能な3Dプリンターの開発の記事はこちらをどうぞ

シンガポール:造形精度を保つ高速プリンター

シンガポールもスピードを向上させる3Dプリンターの開発には着手している。スピードアップの詳細は不明だが、こちらは、シンガポールの精密機器メーカーが行っている。超精密な精度を保ちつつ、同時に造形スピードも現在の3Dプリンターとは比較にならない速さで可能にする開発を行っている。

シンガポールの高速3Dプリンター開発の記事はこちらをどうぞ

ドイツ:60%もリードタイムを削減する3Dプリンター

ドイツはアメリカに次ぐ3Dプリント技術が優れた国だ。国の政策としてはご紹介していないが、有名な3Dプリンターメーカーが、60%も製造時間を削減することに成功した機械を発表している。こちらも3Dプリンター先進国として、更なる研究を行っているだろう。

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中国:世界最大の巨大3Dプリンター

中国は数年後には世界最大の3Dプリント市場になることから、3Dプリント技術の開発に国を挙げて取り組んでいる。中国の場合は、自動車のフレームや航空機の巨大なパーツをプリント可能な超巨大3Dプリンターを開発している状況だ。

中国の巨大3Dプリンターの記事はこちらをどうぞ

このように各国の3Dプリンターの開発目標や状況を見てみると、10倍程度のスピード向上ではあまり競争性が持てないような感じがする。対応できる素材にもよるが、アメリカは500倍のスピードをめざし、イギリスは1秒で親指程度がプリントできる研究に取り組んでいる状況だ。可能不可能があるだろうが、こうした各国の研究開発も参考にし、明確な戦略性を持つ必要があるだろう。

まとめ

各国との比較を見てみると、残念ながら開発目的や、製造業への利用可能性、進行のスピードなど、全ての部分で各国に後れを取っている状況だ。単純に医療分野や航空産業への使用を可能にするという報道発表のみでは、戦略性も見えず、目的も不明瞭。また、なぜ10倍のスピードの3Dプリンターなのかも不明だ。

既に各国はそれ以上のスピードのものを作ろうとしているが、完成後の2019年度にはどのようなビジョンを想定しているのだろうか。そのあたりを明確にしてもいいのではないかと感じる次第である。確かに、本気になったときの日本人の技術開発はすさまじいものがある。

他国の技術やモノが優れていたとしてもそれを、圧倒的な力でオリジナル以上の製品にしてしまう力を持っている。しかし、今はグローバル化の時代で、インターネットを通じて様々な取り組みが行われている時代だ。海外の企業はインターネットを使うことによって、世界中の様々な人間から製品開発のアイデアを集め、技術革新を行うことを常としている。

一番顕著な例が、アメリカのGEなどだ。ある製品開発では、世界56カ国700名以上から様々な改良に関するアイデアを結集して、次世代型の製品を作っている。こうしたインターネットがもたらすグローバリゼーションの力は、技術開発や製品開発の分野まで及んでおり、1企業や1研究機関がどれだけ力をかけたとしても、とうてい追いつくことができる次元ではない。

特に日本人はインターネットの利用率においても、国内での普及は行き届いているが、海外との越境利用の割合は他国に比べて極端に低いという。

言語の問題や、島国という地理的要素もあるのだろうが、そうした日本の事情に関係なく、それ以外の国々はグローバル化を強め、自国のエンジニアだろうが他国のエンジニアだろうが関係なく、優れたアイデアや意見であれば余すところなく採用し製品開発に活かすシステムを構築し始めている。

こうしたグローバル化の波は技術開発や製品開発の分野にとって今では切っても切り離せない状況になっていることを認識したうえで、新規事業や国策を始めることが必要だろう。

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