3Dプリンターの二つの役割 -個人と量産製造業‐
2014年も半ばまで来ているが、3Dプリント技術は一年前と比べ飛躍的に向上している。 造形スピード、大きさ、クオリティ、使える素材など、様々な研究開発がなされている状況だ。
こうした動きを見ていると3Dプリンターには二つのフィールドにおいてその力を発揮しつつあるようだ。
第一が個人のものづくり、パーソナルファブリケーションの分野だ。3Dソフトや3Dデータの無料化や、3Dプリンターの低価格化によって、これまで、ものを作ることに参加することができなかった人々に対して、新たな商品を生む多くの機会を提供しつつある。
特に、これまでデザインまでしか手掛けることができなかったデザイナーが、生産の分野まで行うことができるようになっている。
もちろんこれまでもデザイナーが行ってきた仕事には、生産に関する部分、とりわけ素材の選定や製造方法の技法など、量産体制に多くの視点を与えていたが、あくまでも品質管理の部分までで直接自らが生産することは不可能であった。
しかし、3Dプリント技術の普及により、自らデザインし、生産、販売まで行うという新たなビジネスのかたち、新世代のメーカーが生まれつつある。
製造業の生産体制を変える力
一方で、このような個人のものづくり、デザイナーのものづくりが拡大する中、既存の大量生産体制に基盤を置く製造業にとっても大きな影響を与え始めている。
既に海外の巨大な生産設備を持つ企業では、従来の製造方式を3Dプリンターを導入することで一気に刷新する動きが盛になっている。
GEやロッキードなどの航空宇宙産業ではパーツ製造を3Dプリンターで直接行う方式に切り替えつつある。
こうした動きは、一部の産業、航空宇宙産業や、自動車産業、医療分野などに限定されていたが、最近ではコンシュマー向け商品の量産までカバーしつつある状況だ。
例えば、3Dプリンターメーカーの3Dsystemsが開発する、2種類の量産用3Dプリンターは、従来のオンデマンド生産という3Dプリンターの概念を壊すものだ。
ここで開発中の2種類の3Dプリンターについて下記の記事で詳しく述べているので詳しくそちらを参照していただければとおもうが、カスタマイズ性と量産性を兼ね備えた機種だと言える。
3Dsystemsのカスタマイズ量産機器については下記の記事をご参照ください。
3DsystemsはGoogleと連携しスマートフォンのカスタマイズ生産を計画したり、大手玩具メーカーのハズブロなどとおもちゃのカスタマイズ生産を計画中の状況だ。
こうした新たな3Dプリンターの登場によって、明らかにこれまでと異なるスピードで、製造は進むことになるだろう。
官民一体でアメリカへの製造拠点回帰を目指す
こうした動きは単なる一企業の動きにとどまるものではない。
アメリカが進める3Dプリントの開発研究機関NAMIIのメンバーには3DsystemsやGE、など3Dプリント技術で20年以上の歴史を持つ企業が参画しているからだ。
また、3Dプリンターの開発で中心的存在であるオークリッジ国立研究所は、クラウドで自動車製造を行う企業ローカル・モーターズと提携関係にある。 このようにアメリカが推し進める3Dプリント開発は、国、企業、教育機関と全ての分野が一体となって行っている状況だ。
その提携関係や共同の取組状況を見ていると、そこには官と民という垣根が全く存在しないかのよう印象を受ける。
例えばローカル・モーターズとオークリッジ国立研究所が発表した3Dプリンターは、自動車のカスタマイズ製造を行うための高速巨大3Dプリンターだが、開発発表から試作機の登場までわずか4ヶ月弱しかかかっていない。
もちろんそれ以前から提携に関する調整が水面下で行われていただろうが、開発に着手してから公開されるまでのスピードはすさまじいものだ。
そこには無駄な官民の垣根が全く存在しないことがわかる。 改めて整理すると、既に現時点で発表されているだけで、下記の3種類の次世代3Dプリンターが登場している。
20倍の大きさを200倍~500倍の速度でプリントできる3Dプリンター
Googleと3Dsysmtesが開発する50倍の速度のカスタム量産可能な3Dプリンター
3Dsysmtesの射出成型を超える量産性を持つ3Dプリンター
上記の3種類の3Dプリンターは、これまでのカスタムオンデマンドのモノでもなく、試作品製造のためでもない。量産化を行うためのものとして期待されている機器だ。ここに世界の製造拠点としての地位を確立し、製造業のアメリカへの回帰を狙う計画が着々と進んでることが見て取れる。
3機種に関する詳しい記事はこちらをどうぞ
- アメリカは10倍の大きさを200倍のスピードで作る3Dプリンター「BAAM」を開発
- 3DsystemとGoogleは50倍のスピードを誇る高速量産3Dプリンターの詳細を公開
- 1台で2400個のパーツ生産、3Dsystemsの金型を超える高速量産3Dプリンター開発
世界の工場としての地位を守る中国
こうした3Dプリンターによる製造業を強化する動きはアメリカだけではない。
世界の工場である中国も本格的な3Dプリント開発に取り掛かっているようだ。
中国の経済産業局が発表したところによると、今年の年末には本格的な内容が盛り込まれた3Dプリント開発計画の青写真が発表されるという。
具体的な企業名は明かされていないが、中国国内における主要な製造業企業の生産性向上を狙う取り組みだ。対象企業は5社から10社の大規模企業で、今後3年間で本格的な3Dプリント生産体制にする計画になる。
ちなみにこの対象企業の年間生産額は5億元(約80億円)近くに上る。
また、同時に研究開発以外に、3Dプリント関連に関する投資ファンドや、ナショナルイノベーションセンターの開設も行うことが決定したようだ。
中国が世界の工場としての地位を確立して久しいが、欧米諸国の3Dプリンター開発に対して将来的な危機感を感じていることがわかる。
例えば中国の工場で生産するよりも、量産が可能な自国の3Dプリンターで生産した方がはるかに安価に仕上げることが可能になる。こうした動きが加速すれば、わざわざ生産拠点を安価な人件費を求めて海外に移転する必要もなくなるだろう。
中国は将来世界一の3Dプリント市場になるとも予測されており、今後の開発状況が気になるところだ。
続々と3Dプリント開発に乗り出す諸国
アメリカや中国以外にも自国の競争力を高めようと3Dプリント開発に乗り出す国が多い。
特に代表的なのはイギリスとシンガポールだ。例えばイギリスは一大3Dプリントセンターを開設し、航空宇宙産業など様々な製造業での生産体制に応えられる体制を作りつつある。
この3Dプリントセンター開設にあたっては、細かい数字まであげて経済効果を算出し、進めているようだ。また、イギリスの場合は、アメリカ同様教育分野に対して3Dプリンターの普及に相当力を入れている状況だ。
小中学校レベルから3Dプリント技術を学ばせることによって将来のデジタル製造に対応した人材育成とイノベーションが生まれやすい環境づくりも開始している。
一方世界の物流拠点や加工組立工場の一大拠点でもあるシンガポールも開発に余念がない。既に多額の費用を投じて完成させた3Dプリントセンターがオープンしており、高速化に対応した3Dプリンターの開発も行いつつある。 シンガポールが3Dプリンターの研究開発に乗り出す理由は明白だ。
将来的に世界各国が3Dプリント生産に乗り出した際、部品を集積し、加工するというシンガポールの主力産業が脅かされる可能性が高いため、いち早くそれに対応する動きだと言えよう。 将来的には世界の一大3Dプリント工場、3D制作拠点となっているかもしれない。
イギリスとシンガポールに関する記事はこちらをどうぞ
- ダイソンとイギリス政府はデザインとデジタル技術で製造業の競争力を強化
- 3Dプリントセンター設立に1500万ポンドの公的資金を投資するイギリス
- 次世代3Dプリンター開発に乗り出すシンガポール、3000万ドルの研究センターがオープン
- シンガポールのZecotekは高速3Dプリンタの開発を発表
まとめ -各国間で競争力の差が拡大する可能性-
各国が続々と3Dプリント技術の開発に取り組んでいる模様だ。
こうした諸国に共通する点は、3Dプリンターを開発して販売することではない。
自国の製造業に導入し、生産スピードとコスト効率を高め、製品開発のスピードを向上させることだ。 そこには単純なコスト削減による利益率上昇だけではなく、製品開発を加速させ新たなイノベーションを興そうという考えが見て取れる。
こうした製品開発力の強化は3Dプリント技術のレベルが進めば進むほど強化され、その技術を持ち使いこなせる企業と、全く使いこなせない企業とでは天と地ほどの差が生まれてくるだろう。
具体的には利益率、生産スピード、製品開発力、技術革新のスピードといった分野で顕著になる。
今はまだ開発途上であり、配備されるまで多少の時間がかかるが、量産能力を備えた3Dプリント技術の研究開発が今後至るところで大きな影響を与えそうだ。
このように各国が自国製造業の競争力強化に乗り出している中、我が国日本も大手企業と経産省による3Dプリンター開発計画が進行している。
具体的には10倍の速度を持つ金属粉末の3Dプリンターだが、他国と比べた場合どのような特徴と強みがあるのだろうか。いまだその詳細は不明だが、日本の製造業強化のためにも気になるところだ。
日本と各国の3Dプリンター開発に関する記事もどうぞ
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